コンサルタント
Priceless7
曽我の到着と共に、会食が始められた。
『新しい和食』という、コンセプトを持って提供される料理の数々は、道産の食材にこだわりを持って創作された逸品で。
広い窓の向こうには35階からの夜景が、更に極上の時間を演出してくれる。
ひとつひとつの料理を、給仕が丁寧に設え、食材の産地と調理について興味をそそる話を添えてくれる。
『贅沢』というよりも『暖かいもてなし』を実感できる。
海の幸づくしの前菜から始まり、吸椀、御造り、焼物、煮物と、主に魚介と道産野菜の料理が続き。
主菜は、道産のわさびとサワークリーム、そして醤油ベースのおろしソースを添えられて、香草と共に乳白色のシンプルな四角い中皿に盛りつけられた、ボリュームある白老牛のローストがすすめられた。
一見して目で楽しんで、口に運ばれてから舌を魅了する。
「美味しい」
曽我は、思わず、本日十数回目に当たる同じ言葉を口にした。
「良かった。主菜を肉と魚……どちらにしようか迷ったんですが。白老牛は美味いですからね」
「――サミットの晩餐会で絶賛されたというのは本当かな?」
「そうですね……。確かに美味いし調理もいい。ここの食材は特別なものを仕入れている訳ではないみたいですが、料理人の感性がよさそうです」
「君の御眼鏡に適うなら大したものだ」
「おれはそんなグルメじゃないですよ」
この料理の数々は、いわゆるコースメニューとして提供されているものではないだろう。
予約と共に、百瀬の好みと仕入れ可能な食材をもとに、自分たちのためだけに提供された料理に違いない。
曽我は、百瀬の言葉から、そんな風に感じていた。
「なら、ナチュラルに舌が肥えてるんだ」
何気ない曽我の指摘で、百瀬は蠱惑的な笑みを向けた。
「美味いものを食べてますからね」
曽我を見つめる視線が不意に熱を持つ。
それは曽我の芯を疼かせた。
「意味深すぎるよ」
赤くなって肉をほおばる曽我は、以前ローストビーフを口にしただけで百瀬に襲われた過去を思い出した。
思い出すと、次々と過去の艶事が脳裏を満たして止まらない。
曽我は、肉を噛む口元を手で覆って目元まで赤くした。
「わさび……きつかったですか?」
クスリと笑って、空々しく尋ねる百瀬は、曽我の恥じらう様を悦に入って見つめている。
「どうぞ……」
赤くなったまま肉を飲み下してから、冷酒のグラスを空けた曽我に、百瀬が酌をする。
「ありがとう」
いつもより酒がすすんでいるのに、曽我の体調が崩れない。
百瀬はそこに気付いて、また満足そうに微笑んだ。
「――なに?」
曽我は怪訝そうに百瀬を見た。
何か卑猥なことを考えているのか……と疑わしい。
「あなたは日本酒の方が体に合うようですね」
「――え?」
意外な指摘に何も返せない。
今までそんなふうに感じた事などなかった。
「札幌市民なら『千歳鶴』……といきたいところですが。今夜の料理には『国稀』が合う……と。自分が好きなだけなんですけどね」
日本酒を語る百瀬は、それなりの『通』だと思う。
彼の祖母は日本酒が好きらしい。
これは、彼の祖母の影響だろうかと思えた。
「日本酒を飲んだあなたは、善い酔い方をする」
悦に入った笑顔が、雄弁に語る。
実は、百瀬が和食を選択するのが意外に思えていた。
記念日や祝い事には、レストランでシャンパンを祝い酒に選ぶようなイメージがあったからだ。
これは、つまりは性的な意味が多分に含まれていて。
そんなところまで計算に入れてのこの会食か……と、気付いた途端に、身体の奥から甘い疼きが湧きあがってきた。
上質な肉の味わいに快美に舌を刺激され、箸をほとんど置く事無く平らげると、次に食事が運ばれてきた。
知床鶏と椎茸とひじきの炊き込みご飯に、茸づくしの味噌汁。
炊き込みご飯の上には彩りにイクラが添えられて。
素朴な味わいでありながら、素材と調味料の全てがごまかしのない美味さをもって、ふたりを楽しませた。
「これ……おかわりできますか?」
百瀬が給仕を呼んで尋ねた。
快く対応した給仕は、すぐに天然杉の柾目の板で作られた、白木のおひつで炊き込みご飯を運んできた。
「道理で……」
素材と調理だけではない、更に加えられた心づくしが、ここの食事の味わいを深めていると百瀬は感心した。
曽我は、何かは分からないが、ご飯が美味しいのはいいことだと、相伴しておかわりを差し出した。
「確かに……おひつに入ってるご飯は美味しいよね」
理由は分からないが、曽我もそれを感じている。
旅館の朝食など、保温器に入っているものよりも断然美味い。
「水分が丁度良く調整できるんです」
「へえ……」
百瀬の博学ぶりに曽我は感心した。
「杉の木を使って……特にこの曲げわっぱは本当にいいものです。米の余分な水分を木が吸収して、いい具合に締まるんです。天然木だから香りもいい」
ここで、百瀬がいやらしい事をほのめかしていると感じてしまうのは、自分の考え過ぎだろうか……と曽我は悩んだ。
食べる行為というのは、見方によってはどうしてこんなにも猥褻に見えてしまうのか。
曽我は、自分の感性が、色欲に染まっているように思えてならなかった。
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