コンサルタント
交歓2
曽我は百瀬が欲しかった。
記憶の中の百瀬は、若い瑞々しい感性で曽我を魅了した。
甘えて、絡んで、何度も欲しがった百瀬の情熱は、決して忘れられない記憶として、曽我の心と身体に残っている。
優しい交歓は、まるでずっと以前からの恋人同士のように甘くて、寄り添う熱が例えようのない安心を与えてくれた。
遊び心を感じさせた、繊細にスタイリングされた栗色の髪。
さりげなくピアスを飾った耳許。
まだ学生気分が抜けていない初々しい在り方が可愛いと思えた。
今、目の前にいる男は確かに百瀬なのに、あの時とは印象がまるで違う。
スーツを自分のスタイルとして確立させて、折り目正しい社会人としての姿勢を崩さない。
不意に見せた笑顔は変わらないのに、すぐに距離を置かれてしまうようで、曽我は違和感を覚えていた。
他人行儀だと感じてしまうのは、百瀬が見せるこの社会人としての『節度』なのかも知れない。
だから、百瀬の言葉が、うわべだけの飾りなのか本心なのかが掴めなくて、特に迷いがちな曽我にとってはそれだけで警戒を呼んでしまった。
曽我には、百瀬の在り方が、
『営業』に見えてしまった。
社会人になると男は変わる。
いい仕事に就いて、実力が身に付けば付くほどに、その職種の顔になってゆく。
それは或る意味しかたのない事だ。
自分でさえそうだったと思い出した。
しかし、曽我は、百瀬と過ごしたい訳で、製薬の営業と過ごしたい訳ではない。
やっとそれに気付いて、曽我は改めて百瀬に向かった。
「──智」
曽我が百瀬の名を呼んだ。
百瀬は突然の呼び名に驚きを隠せない。
過去の記憶にフィードバックして、途端に顔を赤くした。
曽我が百瀬を『智』と呼ぶ。
それは、ベッドの中での呼び名だった。
百瀬の下で、喘ぎながら何度も呼び続けた。
百瀬の耳にいつまでも残って離れなかった甘い声。
百瀬は、それを思い出しただけで興奮を覚えた。
「他人行儀だって言ったの覚えてる?」
少しだけ寂しそうに、曽我が指摘した。
百瀬はその二度目の言葉に気付く。
「智は社会人になって、立派になって、ひととの距離の取り方も学んだのだと思う。……それは絶対必要な事で、営業なら特に身に付けるべきスキルだと思うよ」
改まった曽我の言葉に、百瀬は真摯に耳を傾けた。
曽我は、そんな百瀬に真剣に向かう。
「でも、おれにはそんなスキルなんて使わないで欲しい。もっと君らしく、おれに触れてきて欲しい」
思いも寄らなかった事実が突き付けられて、百瀬は愕然とした。
「──君が以前の『智』とは違う。おれはたぶん……それが不安なんだ」
もし、振られでもしたら…………
それが怖くて、百瀬は無意識のうちに、自分と曽我との間にわずかな隔たりを作り上げていた。
ダイレクトにぶつかっていって、また拒絶されるのが怖い。
そんな迷いが少しでも存在していた事に、百瀬は初めて気付いた。
「柊司さん……」
押し潰されそうな不安を紛らすために、知らず知らずのうちに作り上げてしまっていた自分を守るための壁の存在。
それに曽我が気付いて、自分たちの間から壁を押し退けた。
そんな曽我の洞察を向けられて、百瀬は泣き出してしまいそうになりながら曽我の情に縋った。
「おれはあなたが好きです。絶対に手に入れたい。傍に居たい。おれがあなたを愛しているように、おれを愛して欲しい」
初めて向けられた生の感情に、曽我はやっと安心して百瀬に踏み込んだ。
「──おれはどうしたらいい?今の智は、何を望むの?」
「自分の部屋に、あなたを連れて帰りたい」
突然の誘いは図々しいと思う。
警戒されても仕方ないと思う。
それでも百瀬は、曽我を独占して、自分のテリトリーに引き込みたかった。
「……これ以上の事は、ここでは話せないから」
「分かった」
百瀬の願いを受け入れて、曽我は穏やかに微笑みで返した。
その笑顔は百瀬をまた骨抜きにした。
それまでに背負っていた自覚の無かった緊張をやっと降ろす事が出来て。
百瀬は本来の緩んだ子犬のような表情を曽我に向けて失笑を買っていた。
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