[携帯モード] [URL送信]

コンサルタント
コンサルタント





 曽我は夢中で街なかを走っていた。白衣をなびかせて駆け抜けるその姿は、周囲の景色から浮いて見えて、行き交う人々の注目を集める。
 しかし、当の曽我にとって、そんな事はどうでもよかった。
 今、ここで彼を失ってしまったら、死ぬまで後悔し続けるだろう。
 いつもなら二枚目意識が先立って、こんなみっともない真似はしない。こんなになりふり構わないで愛しい男を追っているなんて、なんてカッコ悪いんだろうと思う。本気で恋をしてしまったら、こんなにカッコ悪い自分に気付いてしまった。それは寺崎が言う通り、自分の本質なんだから仕方がない。
 歩道から地下鉄への階段を駆け降りて、改札口付近を見渡しても百瀬の姿は無かった。
 夕方のラッシュ時間に人を捜すのは容易ではなかったが、曽我は入場券を買って構内まで走った。階段を駆け降りてから、構内を見渡して歩く。
 ただでさえダークカラーのスーツが多い中、同じ服装の人物を捜し当てることが出来るのか自信はない。2分と開かずにやって来る電車に、もう乗ってしまったのではないかと不安を抱きながら、背の高いスーツ姿を捜し続けた。
 早足で構内を捜索していると、やっと反対側のホームの端に百瀬の姿を見つけた。
 曽我の白衣姿がいくら人目を引いたとしても、俯いて佇む彼の視界には入らない。
 その時、無情にも構内アナウンスが入った。
 もうすぐ、反対側の路線に電車が到着してしまう。
 曽我はホームの端に向かって走り出した。
「百瀬くん!」
 ためらっている時間は無い。
 曽我は走りながら叫んだ。
「待ってくれ!百瀬くん!!」
 電車の振動音が近付いて来た。
 警笛が鳴って、声をかき消してしまう。
 曽我はあらん限りの声で、心の奥からの魂の叫びを百瀬に向けた。
「――行かないでくれっっ!!」
 その一瞬、百瀬は曽我の姿を見つけて驚きの表情を向けたが、到着した電車によってふたりの視線が遮られてしまった。
 曽我はすぐに判断して、地下の連絡通路に飛び込むように駆け降りた。
 冷たい空気が溜まっているそこに降りて、向かい側のホームに向かって走り続けると、向こうの階段から足早な靴音が響いて来た。
 靴音が近付いて、やがて曽我の視界に飛び込むように、階段の上から百瀬が現れた。
 一瞬足を止めて、曽我はためらう。
 随分ひどい仕打ちをした。百瀬の傷心を思うと、このまま受け入れてもらえるのだろうかと案じて止まない。
 しかし、それでも曽我は自分の衝動に素直に従う事を決意した。矢も盾もたまらずに駆け寄って百瀬の肩を抱く。百瀬は戸惑いながら曽我の身体を受け止めて力強く抱き返した。
「行かないでくれ」
 高揚する感情に喘ぎながら訴えてくる、自分の腕の中にある存在が信じられない。必死に縋る曽我を茫然としたまま抱いているうちに、その切なる願いを察して、百瀬の内に歓びがわき上がってきた。
「百瀬くん、済まない。おれは……」
 止まらない涙を拭おうともせずに自分を見上げて訴える曽我に、百瀬はくちづけで応えた。
 押し包む唇の熱が懐かしい。
 抱きしめる身体が愛しい。
 曽我は、百瀬の存在と、自分自身の感情に圧倒された。
「本当は……逢いたかった」
 くちづけから離れた唇が、熱い吐息と共にささやく。
 百瀬は、そんな曽我を抱きしめて応える事しか出来なかった。
「勘違いなんかじゃない。おれにはもう、君しか見えない」
 手のひらで百瀬の頬を包んで、唇にキスを贈る。
 抱き寄せられ、縋るように支えを探す腕が、百瀬の背中に絡んで熱を伝える。
「君には幸せになって欲しいのに、おれは自分のエゴが捨てられない。君がおれ以外のひとを抱くなんて、本当は嫌なんだ」
 全てを告白する曽我の言葉に酔わされて、幸福に満たされる。百瀬もまた、曽我の存在に感情の全てを奪われていた。嬉しいことも、悲しいことも、全ては曽我を中心に動いていた。
 百瀬は曽我の想いに応えた。
「柊司さん……。もう、セックスなんてどうでもいいんです。おれは、あなたの優しさが嬉しかったから」
 全ての壁を越えて、今、曽我の全てを求めている。百瀬のそんなひたむきさは、蕩けてしまいそうな快感で曽我を骨抜きにする。
 キスで涙を拭う百瀬の腕の中で、曽我は高まる幸福感に満たされて微笑んだ。
「百瀬くんが役に立たないと、それはそれで少し淋しいよ」
 曽我の言葉で熱を煽られて、百瀬はまた、熱いくちづけで応えた。
「許可さえいただけたら、今夜は2ヶ月分付き合ってもらいますよ」
 熱いくちづけは曽我の膝の力を奪った。
 将来を、何一つ約束できない。
 それでも曽我は、今を百瀬と共に生きたいと願った。
 夢心地で崩れそうになる身体を抱きしめて、百瀬はいつまでも曽我を離そうとはしなかった。





「……曽我先生はどこまで行ったんだろうね」
 医局で饅頭と緑茶で一服しながら、藤本が寺崎に尋ねた。
「さあねえ……明日は診療になるのかしらねえ」
「何がですか?」
「いえ、なんでもありません」
 寺崎は、茶をすすって言葉を濁した。
 その時、医局の奥から常磐が現れて、ふたりの前のテーブルに注目した。
「おっ!うめやの饅頭じゃないか」
 常磐は饅頭に手を伸ばし、そのひとつをポイッと口に入れる。
まるでアメ玉を放り込むような仕草で、饅頭は一口で飲み込まれてしまった。
「何だかヘビが卵を飲み込むみたい」
 嫌悪感を示す寺崎の言葉にムッとした常磐は、寺崎に絡んだ。
「おまえな……医局に来てまで態度でかいぞ」
「でかいのは先生のカ・ラ・ダ」
「なにおう!」
 常磐は寺崎に絡みながら、言葉に反して表情は生き生きしていた。
 実は常磐も寂しがりやで、構ってほしいタイプである事を知っている寺崎には、非常に御し易い人物と言える。
「また、なに絡んでんですか?本当は寺崎さんの事、密かに狙ってるってウワサ、聞いちゃいましたよぼく」
 怖いもの知らずの篠田が、失敬した饅頭の包みをむきながら常磐に指摘した。
「いい度胸だな篠田」
 怒った常磐が篠田の腕を取った。
「ああっっ!!ちょっと……ギブ、ギブ!」
 常磐のコブラツイストがかけられて、篠田は悶絶した。
 そんなふたりを横目にしてソファーでくつろぐ藤本と寺崎は、本当にいい度胸だと思いながら、篠田の軽薄ぶりに呆れていた。
「曽我先生どこに行ったのかなあ」
「心配はいりません。しばらくわたしも、相談役は休業になりそうですし……」
 藤本はそんな寺崎を見て何かを洞察した。
「ぼくの曽我先生を独り占めしないでくたさいよ」
「そんなに好きなんですか?」
「うん」
 ズズズ……と茶をすすって、仙人のようなつかみ所のない飄々とした表情で臆面もなく言ってのける。
 一体どこまで本気なのか……。
 寺崎は疑惑の眼差しを向けてから、同様に茶をすすった。
 篠田は向かいのソファーでエビ固めをかけられて悶絶し続けている。常磐は生き生きとして楽しそうだった。
「変な医局」
 寺崎は呆れてつぶやいた。





コンサルタント
―終―
戻る

[*前へ]

16/16ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!