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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
誕生5





 実際、黒木の本業は別の所にある。海兵隊隊長の任は、いわば季節労働のような副業だ。
 多忙極まりない黒木が、遮那王副長に就くことは不可能と判断できる。
 しかも、最愛のフェニックス戦闘機隊隊長、野村貴史と離れるなど、黒木が受け入れるはずも無い。
 そのため聖は、高官たちに対して、下げたくも無い頭を下げて、遮那王副長の人事を一任してもらう約束をやっとの事で取りつけた。
 そして、遮那王艦長に対して、副長として預ける人物をその指導のもと十分に育て上げてほしいと依頼までした今回の経緯は、聖にとっては不本意甚だしく、疲労感を倍増させている原因だった。
 ただし、天上天下唯我独尊を地で行く聖にとって、ただでそんな真似をするわけが無い。
 邪な下心と策略があからさまに見え隠れする特異な人事は、関係者をただただ唖然とさせていた。
 それでも、ジェイドは聖に同情した。
 本当に大変な経過だったのだ。
「もうヤダ、オレ……。総帥なんてヤめてぇ」
 窓を背に、室内に向き直ってからカップの中身を飲みほした。
 聖の肩が、心なしか力なく下がっているように見える。
「そんな事を仰らずに……。貴方あってのHEAVENです」
「また、そんな心にもない事言ってんじゃねーぞ。オレなんて、実際何の権限もねェよ」
 ジェイドは、聖のそんな投げやりな言葉に、まだ何かありそうだと予感する。
「艦隊の規模はどんどんデカくなるしよ。そうなったらオレ様でも面倒見きれねーぞ」
「だからこそ、艦隊の指揮系統の強化に努めました。哨戒艦艦隊も復活しますし、戦力は更に充実しています。我が艦隊は最強と言えます」
「どこと比較してよ? っつかマジでまた(いくさ)する気? もうなんかさあ……。いや、もう分かってるけどさあ……。ああ、嫌だ。めんどくせー。ホント勘弁して欲しいのよオレだって」
 天井を仰いで嘆く聖の愚痴は際限がない。
 ジェイドは、その様子から深刻な事態を覚悟した。
「──で、今回はどういうトラブルですか? トラブルは人生の華だと豪語されている貴方が、そこまで嫌がる理由が知りたいのですが」
 その問いかけに聖は困惑した。
 不本意だがいずれは公式に発表される事だ。どうにもならない事情をぼそぼそと話し始める。
「……管理委員会が召集かけてきた。エリアゼロに出頭しなけりゃなんねえ」
「一体何故?」
 古代ギリシャの彫像のようなジェイドの端正な顔が、不穏な事態を予測してやにわに曇る。
「非常事態としか聞いてないが、どうせろくな話じゃねぇ。ヴァナヘイムの連中もかんでいるってハナシだったが。……なんだか地球のほうも大変らしいぜ」
 聖はティーカップを持ったまま、港に面した窓に向かって行った。
「あーあ、めんどくせぇ。……また戦かよ」
 ジェイドは愕然とした。
 HEAVENと同一軌道上に存在する、惑星国家ヴァナヘイム。
 そこが関わっているとなればただでは済まない。
 大規模な戦争が予測されるような聖の嫌がりようは尋常ではない。聖は元来、暴れん坊将軍たる戦好きのはずだった。
「どういう事ですか?」
「今回の件はまともじゃねーよ。何であんなのがHEAVENで再生されるわけよ。もう何が何だか……」
 聖は吐き捨てるように返した。
「あんなの?」
「ありゃ違法だよ。銀河連盟の条例に違反している。……絶滅危惧種のクレア人が、なんで地球圏で死亡すんだよ?」
「トゥアレグのですか?」
「そう、あの青の洞窟人。……みごとレプリカンに再生されたってさ。ありえなくね?」
 銀河系辺境に存在する恒星トゥアレグ。
 その第二惑星クレア。
 厚い雲に覆われ、滅多に陽の差す事の無い惑星では、その生態系の殆どが広い海洋に還っていた。ヒューマノイドであるクレア人は石灰を含む地下水が豊かな地下洞窟に住み、それゆえ『青の洞窟人』と呼ばれている。
 かすかな光りに青く輝く水と洞窟。その美しい幻想的な環境に溶け込むかのようにも見える透けるような肌。銀青色の長い髪と、銀青色の瞳を持つ穏やかな気質の人種。寿命が短く生殖力も弱い。それゆえ、惑星クレアへの干渉を、銀河連盟は全面的に禁じていた。
 そのクレア人がHEAVENで再生された。
 それが意味する真実は何なのか。
 ふたりは言い知れぬ負の感情に支配されていった。




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あきゅろす。
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