聖戦の礎 ―締結編― (完結)
交渉14
ジェイドもまた、大儀だと思う。
管理委員会の指示でなくとも、聖の個人的感情が発端になったかもしれない。しかし、目的は同一である。
個人への感情移入であろうと、組織への個人的感情であろうと、管理委員会の方針であろうと、目標は第三勢力の殱滅にある。それ以上議論する必要は無い。
ジェイドは自身の中で、そう結論づけた。
ハンナは、書類の一枚一枚に丁寧にサインし、ヘンドリックスに渡して確認させた。
ヘンドリックスが書類に目を通していると、ハンナの視線がふと聖の後方に向けられた。
そして、驚いて目を見開いて、遠く上方をじっと見つめた。
聖は不審に思い、ハンナの視線を追って振り返った。
すると、天井のダクトから、人の下半身が現れていた。
そして、次の瞬間、全身が現れて、その人物は軽やかにフロアに着地した。
ハンナの瞳と同色の、光沢の在るエレクトリックブルーの夜会服。ベストもジャケットも丈が長い上品な出で立ちは店内の装飾に相応しい。
長めのダーティブロンドを後ろになびかせて、毛先を遊ばせているヘアスタイルは形が決まり過ぎて、整った容姿も加えると素人には見えない。が、結局は何者にも見えず、突如現れた美男子は、この場に違和感なく溶け込み、それがかえって怪しかった。
「侵入者だ!捕らえろ」
ジェイドが叫んで、聖の傍に駆け寄り盾となった。ハンナはヘンドリックスと共に、聖の後方に下がって侵入者を観察した。
警備についていた、ダークスーツ姿のジェイドの部下たちが、侵入者を捕らえにかかる。あっという間に十名以上の警備が現れ、男は狼狽した。
「ちょっと待てって!! 怪しい者じゃないっっ!!」
男は追手をかわしながら、テーブルに近付く。
次々と襲いかかる警備をかわしながら、駆け寄ってくる男を見て、ハンナはその正体を予感する。
そしてついに、ふたりがかりで背中から取り押さえられたが、男は両腕を抑制してきた警備に一撃を加えて払ってから、また何事も無かった様に、真っ直ぐハンナの元に近付いてきた。
「――流石だ……」
その正体に気付いたヘンドリックスが、口角に笑みを浮かべて呟く。
男は両腕を広げて、ハンナの元にやって来た。
「ルビーシュタイン閣下!」
懐かしそうに、ハンナを呼ぶ声。
そして、その笑顔は紛れもない、捕虜交換の折にHEAVENに引き渡した部下、李神龍だった。
「シェン!」
破顔して迎えるハンナ。
聖一同HEAVEN側は、知り合いだったのか……と呆気にとられた。
神龍はもう何者にも妨害される事なくその手にハンナを抱きしめた。
「なんて素敵なんだ。僕のために装って来てくれたと信じたい」
夢みるような表情で、懐かしいハンナの香りを実感する。
「元気そうだな。本当に久しぶりだ」
ハンナもまた、この上なく嬉しそうに微笑む。
神龍はハンナの身体を離して、その美しい瞳を見つめた。
「――お逢いしたかった。こんな風に再会できるなんて、夢のようです」
何も伝えられないまま、別れたきりだった。
必死に護ろうと足掻きながら、志し半ばでHEAVENに引き取られる事になった。
ずっと心残りで、逢いたくて、逢えない存在だった。
その愛した女性が、今、さらに美しい姿で目の前にいる。
神龍は喜びに舞い上がっていた。
「こんな処まで、一体何しに来た?」
「勿論、デートを阻止するためです。僕以外の男とのデートなんて許せません。しかもそんな魅力的な姿で……」
ハンナの質問に、困った様に笑って応える。
神龍の視線はハンナに釘付けだった。
「――相変わらずだな。大佐」
ヘンドリックスが苦笑する。
この巧みな甘い言葉に絆されて、自分の恋人も、以前はこの男に夢中だった事を思い出した。
しかし、この変わらない軟派ぶりが、かえって頼もしくもある。
神龍はハンナから離れて、守るように傍らに立っていたヘンドリックスに向かった。
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