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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
交渉13





「彼女とは長い付き合いで、いいパイロットだ。それが今では、貴方がたの組織で活躍している。その事実だけでも、信頼に値します」
 ハンナとヘンドリックスの驚きは、そのパイロットをよく知っている事を物語っていた。
 一方、ジェイドは、これまでの経過を思い起こして要約してみた。
 聖が愛してやまない存在である、フェニックス戦闘機隊隊長野村貴史。
 彼はヘルヴェルトから幾度となく攻撃され、負傷させられ、生死を彷徨った事さえある。
 しかし、例のクロイツの女性パイロットとは懇意にしているようで、聖の嫉妬心を煽ぐ事さえあった。
 野村が好意を持っている相手だからないがしろにはしない。
 理由など、どうせそのへんのところの個人的感情から来るものだろうと推測した。
 単純な理由の方が聖らしい、と、ジェイドは考えていた。
「今すぐとは申しません、十分ご検討いただいた上で……」
「いや、いい。是非も無い事だ」
 ハンナは聖の言葉を遮った。
「実際、ヴァナヘイムは危機的状況に在る。ヘルヴェルトのみならず、十字軍までやって来て、連日の無差別攻撃に都市部は壊滅状態だ。現在は市街戦で、更に破壊が進んでいる」
 美しい顔が苦悩に歪む。
「一刻も早く排除したい。そのためのお力添えを頂けるのであれば、願っても無い事だ」
「総帥……」
 ヘンドリックスの表情がハンナの様子を悼んでいた。
 軍総帥である立場の高潔な存在が、敵だったはずの者に頭を下げる。
 その姿を見るのは辛い事だった。
「どうぞ、お顔を上げて下さい、総帥」
 聖はハンナの痛みを汲み取った。
「我々も想う処があって、その二つの組織は何としてでも殱滅したい」
 ハンナは、聖を見つめた。
「この、ヴァ・ルーは、白の十字軍が欲しがっているクレア人です。連中は銀河連盟の条約を無視し、幼い彼を誘拐し虐待して死に至らしめた。それは地球人として許しがたい行為であり、決して曖昧にするべき事態ではない。それ相応の報いを受けるべきです」
 聖の表情が変わった。
 敵に対する、怒りが見える。
「それには、彼ら全ての命を以て贖われましょう」
 なんと気性の激しい男なのだろう、とハンナの背中がゾクリと粟立つ。
 一見、ただの美しい若者にしか見えない。しかし、流石に長くHEAVENに君臨してきただけの事はある。冷徹な一面は、独裁者のそれにも似ていた。
 ハンナは聖の後ろに控えていた、側近のヴァ・ルーに視線を移した。
「ヴァ・ルー」
 ハンナの呼びかけに、ヴァ・ルーは視線で応えた。
「辛い思いをさせて、済まなかった」
 地球人としてのハンナの想いが、ヴァ・ルーの胸を温かくする。
 ヴァ・ルーはやんわりと微笑んでハンナに応えた。
 HEAVENの参戦の意図は、ヴァ・ルーの存在にある。ハンナとヘンドリックスは、そう理解した。
 そういう正義感でもいいだろう。それは立派な大儀だと、ふたりは了承した。




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あきゅろす。
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