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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
誕生4





 春だった。淡く透き通るような澄んだ青空に、地上に向けて暖かい光を注ぐ太陽が輝いていた。
 満開の桜がけぶる統合本部正面の並木道は、一様に希望に溢れる表情をした新入職員が列を成して歩いてくる。
 最上階の総帥執務室から、オペラグラス越しにその様子を見下ろして、HEAVEN防衛軍総帥は気怠いため息をついていた。
「初々しい表情(カオ)しちゃってまぁ……だらしがねぇ」
 総帥付官房が、その殺気に気付いて窓際を振り返った。
「榴弾でもぶち込んでやろうか」
「総帥……」
 新入職員を受け入れる姿勢が、何年経とうがまるでなっていない。
 総帥付官房ジェイド・ブロンデイは、総帥武藤聖を呆れて見つめた。
 金モールをふんだんにあしらい、階級章と勲章が並ぶ式典用の純白のユニフォームは、彼が着用すると舞台衣装のようにしか見えない。もともと色素の薄い髪を脱色してから染めた為に、ダーテイブロンドの巻毛カナリアといった風合いになって。例え百年経とうとも色褪せる事の無い、天使のような美貌とすみれ色の瞳を持つこの総帥は、強烈な毒を持っていた。
「──だいたい何人残るんだ? ……っつーかこいつらホントにやる気あんの? てか人事は何で新人を本部付けにするわけ? 新入り全員前線送りにするのが普通でしょ? 違うの? そーゆー考え方する俺が古いわけ? ねぇ、どおよ?」
 矢継ぎ早に不満を浴びせられて、ジェイドは言葉に詰まった。
 毎年この季節に憂鬱になる傾向がある聖だったが、今年は殊更機嫌が悪い。一体何が聖を苛立たせているのか。
 ジェイドはそれが気になった。
「──何かあったのですか? 総帥」
「茶」
 オペラグラスを閉じて、いつものフレバリーティーをねだる。
 最近のお気に入りは、ベリーフレーバーだ。
 ジェイドはやれやれといった様子で肩の力を落として、キッチンユニットに向かった。
 やがて、甘い香りが執務室内に満ちて、聖は少しだけ穏やかな感情を取り戻した。
「どうぞ」
 ジェイドが差し出すティーカップを受け取り、聖は香りを楽しむ。そして一口含んで味わい、飲み下した。
「美味い」
 ほっとしたように遠くの桜並木を見つめて、深くため息をついた。
「美味いよJB。おまえの煎れるお茶が無けりゃ、俺はとっくに軍を抜けていた」
「光栄ですが、穏やかな発言ではありませんね」
 聖の様子から、やはり何かあると思わせられる。
 毎年恒例の、ただの面倒くさがりとはいささか違う様子が気になる。
「どうしたのですか?」
「どーもこーもねーだろ? 遮那王の人事にどれだけ苦労したと思ってんだよ」
 ふて腐れたように言い放つ聖のもっともな意見に、ジェイドは苦笑を誘われた。
 哨戒艦艦隊の遮那王と梵天王。
 戦闘航空母艦として新たに生まれ変わったその艦隊の規模はクルーを倍増させ、スタッフの選別に大変な労力を割いた。
 特に、新しく立ち上げたも同然な新造艦である梵天王の人事は、余所からの艦長を就任させる事も厳しい状況だったため、艦長職に就くには十二分な力量を持つと評価されている、武蔵坊弁慶を就任させた。その下には、梵天王戦闘機隊隊長を務めあげてきた陽本倭を副長として任命した。
 そこで問題が生じたのである。
 遮那王副長であった武蔵坊の転任。
 前副長、杉崎次郎は既にギャラクシアの艦長として重要な役割を担っている。
 空席となってしまった遮那王の副長職。
 そのポストに就けるだけの力量を持つ人物を据えるには、現職の人事では厳しい。
 哨戒艦艦隊という組織は、ともすると私兵集団のような独特な組織である。
 哨戒艦艦隊筆頭、遮那王艦長一条隼人。
 軍の中でも有名な硬派。
 過去には、その一条を筆頭に、軍に反旗をひるがえした事実もあった。今後、そのような事が二度と起こらぬよう、一条をコントロールできる器を持つ者を配置しなければならないと、人事部のみならず軍指令部高官の一致した意見があった。
 現在、旗艦フェニックスの海兵隊隊長に就いている、黒木雅美を遮那王副長の任に就かせよ、と高官たちは聖に詰め寄った。
 その案は、聖にもよく理解できた。
 しかし、何とか説得してほしいとの依頼を実行に移す事は心情的にも出来なかった。





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