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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
交渉12





「ありえねえーっっ! つかマジで!?」
「こんな事もありか……」
 ハンナも堪え切れずに笑い出した。
「似ているはずだ」
「おまえは先祖返りだったか。ヘンドリックス」
 失礼な程笑い続ける総帥たちに、側近ふたりは不機嫌になった。
 自分たちの血縁関係を、そこまで笑いとばす必要があるのか、と。
「失礼な。わたしに子孫がいても、おかしくはない」
 ジェイドは、当たり前のように指摘する。
 そんな展開を目の当たりにして、ヴァ・ルーはひとり冷静に考えていた。
 HEAVENとニルヴァーナ。そこに存在する命の魔法。その事実がここに要約されて存在している。
 ヴァ・ルーにとっては、興味深い事実だった。
 ここには、タイムパラドックスの概念は存在しない。
 流転する歴史の中に在りながら、人だけは永遠に変わる事なく生き続ける。
 もうすっかり出来上がっているHEAVENの哲学。その哲学がこれ以上発展しない理由が、ヴァ・ルーにはなんとなく理解できたような気がした。
「家族がいるのはいい事だ。わたしは独りだから、羨ましい」
 ヴァ・ルーの重たい一言が、聖を圧迫した。
「本来ここでは家族の概念は育たない。というか、全員兄弟みたいなもんだし……いろんなイミで」
 人生、長くなると色々な事がある。
 聖自身が、そう実感していた。
「皆、HEAVENの子か?」
 ヴァ・ルーが尋ねた。
「そう。皆、愛し合って生きている」
 どの口がそんな白々しい事を言ってのけるのか。ジェイドは聖の欺瞞に呆れていた。
「……というわけで、我々も愛し合いましょう。総帥」
 聖は無理矢理本題にねじ込んで、ハンナに文書を渡した。
「この条約に同意を頂けたら、サインをお願いします」
「上手くまとめたな」
 ハンナは文書を受け取って微笑み返した。
 視線を書類に落として確認するハンナは、どこから見ても美しかった。
 本来あまり女性と接点を持たない聖だったが、自分と同等の権力を有するハンナには、珍しく興味を抱く。
 強大な組織の頂点において、存分にその力を発揮していながら、知性と艶を合わせ持つ美貌の女性の存在など奇跡に近い。
 ヴァ・ルーが感じたように、正に戦の女神アテナの化身と言える
 全ての文書に目を通してから、ハンナは聖を見つめた。
「これで、HEAVENに何のメリットがあると?」
「有事の際の相互援助。それだけですよ、我々が期待するのは」
「今までと、あまり変わりない関係の様にも見て取れるが……」
「そんな事はありません」
 ハンナの意見を、聖はやんわりと否定してみせた。
「結果的にはそうなった前例もあるでしょうが、発端もプロセスも違う」
 聖は、ハンナに友好的な笑顔を見せた。
 作り笑いではない、聖のこの類の笑顔は、ジェイドすら滅多に見た事が無い。それだけ聖は本気なのだと、ジェイドには理解出来る。
「一部の兵隊の馴れ合いから、協力関係が発生した事実は少なくない。しかし、これは正式に組織立って行うものであって、やはり契約が必要です。これまで同様、互いに干渉はしない。しかし、第三勢力による武力干渉を受けた場合は、これを以て共同で排除する。以前ヘルヴェルトが我々に持ちかけた条約です。彼らは信用に値しなかった。しかし、貴方がたはそれとは異質なようだ」
「それは、買いかぶりではないのか?」
「前線に在る兵を見る限り、ヘルヴェルトよりは健全に見えます」
 何処で末端の兵と接触できたのだろう、と、ハンナは疑問に思った。
 ハンナの表情を読んで、聖は好敵手である女性パイロットの名を告げた。




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