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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
交渉11





「いい香りだ」
 グラスを手にとって、ハンナは香りを楽しむ。
 店長は会釈を残して去った。
「乾杯しよう。今夜はとても気分がいい。貴方がたもどうだ?」
 ハンナはジェイドとヴァ・ルーにも声を掛けた。
「あ……いえ」
 ジェイドは珍しく動揺した。
 聖には目の前の美女が、本当に幸せそうに笑っているように見えた。
 どういう魂胆なのか分からない。
 そもそも、魂胆など無いのかもしれない。
 聖は肩をすくめて見せてから、グラスを取ってハンナに差し向けた。
 ハンナは満足そうに、グラスを合わせて返す。
「乾杯」
 そう言って、聖とハンナは同時にグラスに口をつけた。
「美味いっ!?」
 聖は驚いてグラスの中を改めて見つめた。ハンナはクスクスと笑う。
 こんな穏やかな光景など、ヘンドリックスにとっては全くもって信じがたい。
「――さて、本題に入ろう」
 ハンナはグラスを置いて、テーブルの上で両手を組んだ。
 聖は、本来の目的を思い出して姿勢を正す。
「貴公らは本当に赤の他人なのか?」
「そっちかよっっ!?」
 聖が間髪をいれずにツッコミを入れた。
 至って真面目に尋ねたはずなのに、なぜこんなに憤るのか。ハンナには理解できなかった。
「いや、失礼」
 ハンナの表情から、天然だったと理解した聖は、咳払いをひとつして非礼を詫びた。
 ジェイドは堪えていた笑いを、ついに堪えきれなくなり、声高に笑い声を上げてしまった。
「これは失敬……」
 肩を震わせながら笑い続けるジェイドを見つめて、ヘンドリックスが尋ねた。
「失礼ですが。貴方のお名前は?」
 何かを思う眼差しに、ジェイドは笑いを止めた。
「ジェイド・ブロンディ。南欧出身です。身内に軍人はいなかった」
 ヘンドリックスの表情が驚きに変わった。
 何かあったかと、周りも驚く程の変化だった。
「間違いない。よく、曾祖父から聞かされていた。軍神のような伯父が居たと……。そのひとに、わたしはよく似ていると」
 一同。更に驚いて、固唾を呑んだ。
「そのひとの名が、ジェイド・ブロンディだった。彼が空軍基地で働いている姿を、映像で見た事がある」
 辺りは水を打ったように静かになった。
 美しい管弦楽だけが、柔らかく響く。
「――ご先祖様?」
 聖が呟いた。
「そうです。曾祖父の叔父ならば間違いなく血縁。……わたしの、ご先祖様です」
 感動の余り声が震えるヘンドリックス。
 当のジェイドは、腑に落ちない様子で考え込む。
 しかし、テーブルについていた総帥ふたりは、必死に何かを堪えていた。
 しかし、聖は耐えられなくなって、声を上げて笑い出してしまった。




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あきゅろす。
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