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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
交渉10





 支配人が来訪者を案内する声が近付いてくる。
 足音は、絨緞に吸収されてよく聞こえないが、鈍く重い足音に混じって、細く軽いヒールの音が微かに聞こえる。聖は待ち合わせの相手の到着を予感して席を立った。
 一度目を伏せて、深く呼吸して精神をコントロールする。
 そして視線を上げて、目の前に現れた豪華な美女を迎えた。
 いつのまに、窓際から引き揚げたのか、ジェイドとヴァ・ルーが後方に控えている。
「――遅くなりました」
 よく透る切れの良いアルトの声。
 最高のプロポーションを惜し気もなく見せる、メタリックな光沢を放つシャンパンゴールドのドレス。
 ドレスと同色の細いストラップのピンヒールサンダル。ブロンズ色のメタリックなクラッチが、大きくカールする長いゴージャスなハニーブロンドに映える。
 照明の加減でエレクトリックブルーにも見える瞳は、ダークブラウンに染められたボリュームのある長い睫毛に縁どられ、意志の強そうな形よい眉がそれをさらに美しく飾る。
 カメリアピンクの唇はふんわりと柔らかそうで、HEAVENの男たちを魅了し動揺させた。
「これがクロイツの総帥?何かの間違いではないのか」
「誰だよ、ハイミスのおばさんなんて言ってたのは?」
「それは総帥じゃありませんか!」
「やべえ!映画女優よりすげえ」
 声を低くしてこっそりとしのごの言い合う聖とジェイドを余所に、ヴァ・ルーは魂を奪われたような表情で彼女を見つめた。
「美しい。まるで……アテナのようだ」
「お上手ね、綺麗な側近さん」
 彼女は艶然と微笑んだ。
「――ヴァナヘイム防衛軍、クロイツ総帥ハンナ・ルビーシュタインです。よろしく」
「こちらこそ。HEAVEN防衛軍総帥、武藤聖です。よくここまでお出で下さいました。お礼を申し上げます」
 ふたりの総帥は、握手を交わして、互いに敵意の無い事を確認した。
 そして、椅子を引いてくれるはずの側近たちが、見つめ合ったまま驚きのあまり微動だにしていない事にふたりは気付いた。
 互いに相手の側近を確認する。
 驚くのも無理はなかった。まるで双子のように、そっくりな人間が向かい合っていた。
 初めは、ハンナの余りの美しさに目を奪われていたため、その後ろに控えていた側近に気付くのが遅くなった。
「ヘンドリックス。HEAVENに血縁者が居たのか?」
 ハンナが尋ねると、側近として同行してきたクリストファー・ヘンドリックスは、ただ黙って首を横に振った。
「――同じ顔だ。兄弟なのか?」
「知らない。わたしには男兄弟はいない」
 ヴァ・ルーとジェイドが、場にそぐわない会話を交わすのを聖は諫めた。
「私語は慎め。大切な会談の前だ。……ヴァ・ルー。ご婦人に椅子を」
「いや、結構だ」
 ハンナは聖の厚意を、やんわりと辞退した。
 聖は訝しんで、ヘンドリックスに椅子を引かせて腰かけるハンナを見つめた。
「貴方もどうぞ」
 ハンナに促されて、聖も同様に席に着いた。
 ハンナは緊張した面持ちの聖を見て、やんわりと微笑みを向けた。
「堅苦しい用向きで参上したが、その実、嬉しいのだ。支度金まで用意してくれるディナーの招待など初めてで、楽しくて仕方がない」
 聖は毒気を抜かれた。
 見た目がどうあれ、相手は敵の大将だ。最高の礼を尽くしながら、絶対の権力を誇示しなければならないと、自身に言い聞かせて臨んだつもりだったが、相手はそうではなかったらしい。
「こんな風に着飾って、デート出来るなんて。自分の人生設定には存在しなかった……」
 ハンナは苦笑して聖を見つめた。
 エレクトリックブルーの瞳が、煌く夜景を映す。
「しかも、お相手は最高級ときている。楽しくない訳がない」
 テーブルの空気を読んで、店長が食前酒を用意した。
 深みのある葡萄の色がそのまま残っているような、野趣あふれる果実酒をワイングラスに注いで、店長はふたりの前に差し出した。




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あきゅろす。
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