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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
交渉8





 HEAVENは変わらない日常のなかに在った。
 しかし、歴史は少しずつ動き始める。
 その仕掛け人として、聖は都内のホテルへと向かっていた。
 HEAVEN防衛軍は、ホテルを貸し切りにして、ヴァナヘイムからの要人を迎える。
 日没とともにその約束の場所へと、黒塗りのリムジンを走らせていた。
 車内には聖とともに、ジェイドとヴァ・ルーが同乗していた。
 聖の目の前には、ユニフォームを脱いで盛装したふたりが並んでいる。
 それは、金と銀の対の存在のように聖の目に映る。柔と剛。知性と力。どれをとっても、バランスのとれた組み合わせではないか、と、聖は全く表情を変えずに考えていた。
 ジェイドもヴァ・ルーを気に入っているようで、いろいろと構ってはその反応を楽しんでいる。
 ――いいなこれ。このままオレんトコに置いとくか
 歴史的会談を前に、緊張を抑えるために関係のない事を考えつつ車窓の外の景色を眺めた。
 ヴァ・ルーは、初めて見る都会の夜の風景に目を奪われていた。
 車窓から見える色とりどりに輝くイルミネーションや、人々の行き交う雑踏。車のライトさえ、ヴァ・ルーの瞳には美しく映る。
「綺麗だ……。世界が、こんなにも美しかったなんて」
 流暢に話すヴァ・ルーの言葉もまた美しかった。
 僅か数日の出来事だった。
 聖がきっかけを与えた知識への開眼は、ヴァ・ルーに寝食を忘れさせる程学習に没頭させた。
 必須である言語はすぐに理解し、幅広い語彙を習得した。
 特に歴史と宗教には興味を引かれたらしく、それはヴァ・ルーにとって苦悩と数々の疑問を抱かせる結果にもなったが、地球人という存在を理解するには一番の近道だったと言えなくも無い。
 複雑な精神構造と、複雑な社会構成。
 シンプルで美しい生き方をするクレア人にとって、地球人はあまりにも複雑怪奇で、ヴァ・ルーにはすぐには理解できなかった。
 それでも、HEAVENはヴァ・ルーにとっては美しく映る。レプリカンである事の意味を知って、新たな人生を享受しようとその事実を喜んで受け入れた。
 車窓からの景色を眺めていたヴァ・ルーは、こんな景色を一緒に楽しみたいと思う相手を思い出した。
 共に在るはずのジェイドが今ここにいる。ならば彼らは今どうしているのか。
「ジェイ」
「何だ?」
「シヴァとケンは、どうしている?」
 ジェイドは突然の質問に興味を引かれた。
 確かに、彼らの行き先は気になる事だろう。
「気になるか?」
「ああ。早く逢いたい。逢って、話したい事がたくさんある」
 ふたりに想いを馳せるヴァ・ルーの表情を見て、聖は意味ありげに笑っている。
 ジェイドは不審を抱く。
「何ですか?」
 ジェイドの問いに、聖は寓意をもって応えた。
「――幽閉されていた美貌の王子は、彼を助け出した勇敢な騎士に、恋をしたのさ」
 確かに、事実はその通りだ。
 聖の簡潔な説明を聞いて、ヴァ・ルーは頬を赤く染めた。
 最近、お気に入りのヒロイックファンタジーワールドに、胸をときめかせるヴァ・ルーは、聖の格好のからかいの的となっている。
「いいですね」
 ジェイドは意外な一面を知って、ヴァ・ルーに対して更に好感を抱いた。




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あきゅろす。
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