聖戦の礎 ―締結編― (完結)
交渉7
「……大丈夫だろうか」
「ああ。……それよりも、新勢力の方が気になる。得意技が無差別爆破テロときているから、俺たちとは異質な存在だ。ホフマンの野郎も手を焼いているだろうな」
「そいつら相手には、戦のスタイルを変える必要があるか……」
立川は思案する。
杉崎はふと、いつまでも自分を抱きしめて、顔がすぐ横にある立川に指摘した。
「――いつまでそうしているつもりだ」
立川は唖然とした。
しかし、そのくらいでめげて離れるような立川ではない。
「あんた、ホントに勝手な野郎に成り下がったな」
やぶにらみの視線を向けてくる立川に、杉崎は不意に含み笑いで返した。
そんな反応を返されて、立川は毒気が抜かれる。
「嫌いか?」
「いや。性悪は嫌いじゃない。むしろ興味があるかな……。躾たくなるっていうか」
立川が言いかけると、杉崎と視線が合った。
じっと自分を見上げる杉崎の頬に触れて、誘われるようにくちづけを贈る。
そっと触れて、唇を塞ぎ。まるで、愛しい者を包み込むような愛撫を与える。
杉崎は黙って受け入れたが、立川のほうが急に我に返って混乱しながら狼狽して離れた。
「――ってか、何やってんのオレっっ!?」
自分の頭を両手で抱えて、動揺に呑み込まれる。
「あんたもちゃんと抵抗ぐらいしろよっっ!!」
ほぼ八つ当たりだったが、杉崎は事もなげに無表情だった。
「ああ……。悪い」
「なんなの一体!? なんなのコレっつーか、落ち着けオレっっ!!」
背中を丸めて床に向かって叫ぶ立川は、自己嫌悪を含むパニックに見舞われていた。
「騒ぐな立川。おまえは過敏すぎる」
うろたえ続ける立川を見て、杉崎は呆れて指摘した。
「はあぁぁ?」
些細な事で動揺してどうする。と、指摘したかったのだが。
真っ赤になった立川には、どうやら性的な意味一本やりの意味に受け取られてしまったらしい。
杉崎は面倒だったので、あえて何も答えなかった。
「あんた一体なんなの? その堂々とした落ち着きっぷりは!? 何? 不感症?」
「うるせーな。自分から襲っておいて、何だ? その言いぐさは」
あまりにも騒ぎ過ぎる立川が、鬱陶しいと感じる。
「キスぐらいなんだってんだ。小娘じゃあるまいし」
杉崎は平然と言い捨てた。
「……いや……あの、そういう感じ方は違うと思う」
立川はあまりにも動じていない杉崎にいささか失望した。
「野郎にキスされて、なんで抵抗しないの?」
「悪いか? 俺は野郎相手だからな」
「でも……相手俺だし」
「だから?」
やはり、何も感じてはいない。
杉崎にとってのこんな事は、コミュニケーションの一環としか思っていないのだろう。
立川はなぜか、がっかりした気分になった。
「――あんたまですっかりHEAVENに染まっちゃって……。何だか俺だけ置いていかれた気分」
その場にしゃがみこんでしまって、デスクに凭れながら気落ちする。
そんな立川を見つめて杉崎は同情した。
何だかんだと一途だったこの男は、女房に捨てられてからまだ日が浅い。
しかも女房のほうは、若く美しい前途ある好青年と恋におちていると言うまことしやかな噂の的で。真実かどうかは定かではないが、立川の傷心は深過ぎて、穴埋めする術は今は見つからない。
立川は杉崎にとって、大切な存在だ。だから、何とかかしてやりたいと思っていても、自分に出来る事は限られていて、今はただ立川の傍にいるだけで精一杯だった。
「……まだ、足りなかったか?」
杉崎の問いかけに、立川は驚き過ぎて何も返せなくなった。
杉崎は椅子から立ち上がって、立川の傍に膝をついた。
茫然としている立川の顔を覗き込む。
「言え。どうして欲しい?」
からかいの意図は無く、真剣に問いかける杉崎に、立川の背中がざわめいた。
「人事だけはどうしようもないし、女房の気持ちの方もどうしようもない。だが、おまえが望む事は、出来るだけ叶えてやる」
正面きって告げられると、かえって何も伝えられなくなる。
自分が望んだなら、杉崎は応えてくれるような気がして。だからこそ、立川は何も言えなかった。
立川は押し黙ったまま、杉崎の身体を抱き寄せた。
自分の辛さを理解してくれる存在が傍に在る事の安心感。
今はそれだけで十分だと、立川は自身に言い聞かせた。
「……その気持ちだけでいい。すごく、嬉しいから」
立川の囁きにも似た言葉は、今度は杉崎に届いた。
一歩間違えば、相思相愛。
そうなってしまえば、泥沼に溺れるような感情に振り回されるに違いない。
それが分かっているから、あえて前に進まないようにしている立川がいる。
「本当に?」
「――ああ。ありがとう」
立川は、訝しんで見つめてくる杉崎に、穏やかな笑顔で返した。
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