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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
交渉6





 やがて、杉崎は、意を決したように入力を始めた。
 長い時間、入力し続けた杉崎は、それを何処かへと送信した。
 最後に、送信アイコンをクリックしたその手元に、不意にコーヒー入りのカップが置かれた。
「少しは休めよ。……折角サボっているのに」
 見上げると、そこには心配そうに杉崎を見つめる立川の姿があった。
 こんな穏やかな時間を過ごしながら、杉崎の胸は重苦しく軋み始める。
「立川」
 辛そうに呼びかける杉崎の様子に、立川は不穏な何かを予感する。
「うん?」
 応えると、杉崎は情報を伝える事をためらいながら立川を見つめた。
 そして、視線を伏せて、傍にある身体にもたれかかった。
「……ありがとう」
「何だよ」
 いきなり何かと思う。
 突然こんな弱みを見せて、自分にどうしろと言うのか。
 立川は動揺していた。
「――久しぶりの大仕事だ。……どいつもこいつも、血の気が多くて嫌になる」
 杉崎の心情が理解できた。
 今掴んだ情報は、国家間のトラブルかアクシデントだろうと立川は予測した。
 何処からそんな情報を得るのかという事情は今は触れないでもいい。
 立川は、重く沈む杉崎の思いに応えるように、背中から抱きしめた。
「――俺がいる」
 耳元でそっと囁くように伝える。
「何でも独りで抱え込むな」
 囁きに促されて、杉崎の固かった表情が和らいだ。
「ああ。そうだったな」
 信頼出来る力強い言葉は、与えられる温もりと共に、杉崎を安定へと導く。
「いつだ?」
「まだ、決まってはいない。……だが」
 どう伝えていいのかと、迷う杉崎に立川が促す。
「うん?」
 まるで、愛する者同士のやり取りにも似て、言葉が少なくとも通い合う。
「ウィルが、大統領とヴァナヘイムへ向かった」
 杉崎の告げる事実は、立川へも重圧を与えた。
「今回の交渉相手はクロイツだ。へルヴェルトが新勢力を味方に付けて、クロイツと既に開戦している」
 十年前に、散々戦った相手との和平交渉。しかも、当時和平交渉をしていたへルヴェルトが、今回の敵に回っている。
 情勢は目まぐるしい、と立川は呆れていた。
「一条艦長は?」
 当時のへルヴェルトとの交渉に対して、HEAVENに反旗を翻してまで交渉を阻止しようとした哨戒艦艦隊。彼らがどう反応したのか立川は気になる。
「まだ知らん。知っているのは、俺たちと、早乙女だけだ」
「早乙女?」
「ああ。事実関係を確認するよう指示した」
 先程の通信は早乙女に宛てたものか。と、立川は理解した。
「まあ……そうだな。セレスではなくて、アレスに同行させた方が、交渉はスムーズなんだろうが……。そこは俺たちの最大の企業秘密だからな」
 立川は残念そうに呟く。
 空母アレス艦長早乙女は、訳あって一時クロイツの士官としてへルヴェルトとの革命に参戦していた経歴を持つ。
 その間に築いた人脈は現在も活きており、杉崎の重要な情報源となっている。
 勿論、その事実は本部には伏せられ、それが明るみに出る事があれば、杉崎以下数名の逮捕は免れないと予測していた。




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あきゅろす。
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