聖戦の礎 ―締結編― (完結)
交渉5
フェニックスの提督執務室には、変わらないふたりがいた。
杉崎は、相変わらず緩んだ姿で過ごしている。そのくせ、デスクの端末に向かっている時間が多く、常に何かをチェックしている。
そんな杉崎の姿を眺めながら、何をするでもなく、ただ静かに紫煙をくゆらしている立川が、ブーツも履かずに素足を投げ出したままソファに横になっていた。
ふと、杉崎が苦笑した。
ディスプレイを眺めている彼は、時々その内容に反応する。
一体何をチェックしているのかと、立川は気になった。
「何だ?」
立川の問いに、杉崎は画面を眺めたまま応える。
「ちょっと目を離すとこれだ。演習をサバイバルゲームと勘違いしている」
「アストゥリアス目指して『よーいドン!』か?」
「ああ……馬鹿だこいつら。しかも、一等賞品に野村が出ているぞ」
「えっ!?」
「施設管理室か……。暇なんだな。バレないとでも思っているのか? ばか者どもが」
演習後の評価で絞られる事が決定された。
「何だかな。いい大人がこぞって、本気で遊んでいる感が多分にするな」
杉崎の感想に、立川はまた何かを感じ取る。
「まだ、何かあるのか?」
立川の問いに、杉崎は軽くため息をついた。
「一応作戦の内だろうが、黒木が『シグルス』と組んだ。一波乱あるぞ」
「あの古参の侍たちか……。黒木と組むのは、本望だったんじゃないのか?」
「ああ」
杉崎はさらに情報を探り続ける。
「それと、梵天が動いている。早いな。第一小隊が発進したぞ」
「え?」
随分と広範囲にわたっての情報を掴んでいる。
立川はその事実を知って驚いた。
「来るな……。どっちを狙うか」
「どっちって?」
「フェニックスが本命と予測されるが、ギャラクシア狙いもアリだろう。どっちだと思う?」
突然ふられた二択だったが、立川は真剣に取り組んだ。
「――俺が一条提督なら、やはりフェニックス狙いだな。アストゥリアスなんて正直どーでもいい」
立川の至って真面目な発言に、杉崎は声を上げて笑った。珍しい事もあるものだと、立川は思う。
最近の杉崎は穏やか過ぎて、そんな感情さえ押さえられていた事に今になって気付く。
「そうだ立川。そこなんだよ」
杉崎は満足そうに立川に向き直った。
「隼人はそんなタマじゃない。そこを見抜いて対応できる指揮官が、どれだけこの艦隊に存在しているかが問題なんだ」
杉崎は嬉しそうに笑う。
「どこまで出来るかな……。野村の貞操を狙っている場合じゃないって事に、早く気付けよ」
呟く杉崎を見て、立川は安心した。
緩い姿を見せながら、その実はそつなく状況を読みながら観戦している。膨大な情報を取得して、全艦隊の動向を把握する杉崎の在り方に、自分はまだ敵わないと立川は感服した。
杉崎はまた端末に向かう。
不意に表情が曇った。
笑顔が消えて真剣な眼差しになる。
じっと息を詰めて、ディスプレイに集中する様は、見ている方が苦しくなる程だ。
ややしばらくして、杉崎は大きく深呼吸してから、椅子の背もたれに身体を預けて天を仰いだ。
立川には、何かとてつもない情報を、手に入れてしまったように見える。
その深刻な様子には、声を掛けるのもためらわれた。
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