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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
交渉3





 柴崎一興、立川健一朗両名をジェイドに任せた聖は、ヴァ・ルーと一対一で総帥執務室に詰めていた。
 クレア人、ヴァ・ルー・シン・クレア。
 彼と生活を共にして交流するうちに、聖は決定的な種としての違いを知った。
 知的生命体でありながら、生命体としての基本的欲求以外の欲が殆ど認められない。地球人で在れば聖人と崇められるだろう。
 自然に生き、在るがままを受け入れ、何ものにも固執する事がない。
 それは、クレア人の種としての特徴であり、地球人のそれとはあまりにも違い過ぎて、地球圏の社会で生きていくにはマイナス因子になる。
 しかし、ヴァ・ルーにはそのマイナス因子を凌駕するだけの秀でた特徴があった。
 知的レベルの高さ。理解力、記憶力、応用力。IQレベルは、地球人とは比べものにならない。神の領域とも言える程の知性をヴァ・ルーは隠し持っていた。
 それは過酷な環境である惑星クレアに生きるために備わった能力であり、その枠を超え無ければ覚醒する事の無い力だったかもしれない。
 この人類の理解を越えた存在に、地球人類の歴史と悪習を知らせて良いものかどうか。
 神になるか悪魔に変貌するか。
 彼に智恵の実を授ける役割を聖は躊躇していた。

 聖はいつものように、ヴァ・ルーを椅子に座らせて、その長い銀青色の髪を梳き、ひとつにまとめながら編んでいた。長い髪をばさつかせていてはどうも締まりがつかない。
 本当は切ってしまいたかったが、ヴァ・ルーはそれだけは嫌がって従わなかった。
「何でまたこんなに長くしてんだ?願かけか?」
 聖が改めて尋ねる。
 何日も一緒に居て生活しているうちに、ふたりは互いに慣れて、素のままで関わるようになっていた。
「皆こうしていた。長いほど、美しいと言われた」
 ヴァ・ルーの言わんとしている事は、長い髪ほど異性にアピールするという事か……と、聖は感じ取った。
「より美しい者が、より美しい者を獲得できる。そうして、子供をつくった」
 まるで、南国の美しい鳥のような求愛なのだろうと聖は思う。
 しかし、ヴァ・ルーの言うような美しい者はここには存在しない。
 それなのにどうしてこだわり続けるのか。
 聖は三つ編みを仕上げてから、ヴァ・ルーの正面にあるソファに座った。
「ヴァ・ルーは美しいと思っている者がいるのか?」
「言わなければならないか?」
 聖の問いに、無表情ながらもいささか困惑気味な視線の動きを見せる。
「当然だ。オレ様は総帥だぞ。隠し事はするな」
 困りながらも、聖には逆らえないと知ったヴァ・ルーは、観念してぼそぼそと話し出した。
「クレアの美しいと違う。けれど……」
「うん?」
「分からない」
「何が?」
 そこまで話して、何が分からないのか。
 聖にも分からない。
「ここが、時々苦しい。これがそうなのか?」
 新調したてのユニフォームの胸元を押さえて、ヴァ・ルーは訴えた。
「もしかしておまえ、初恋もまだか?」
「クレアにいたのは、ずっと昔。ずっと独りだった。美しいものも、何も見えなくなった」
 ヴァ・ルーの成育は悪劣な環境のもとにあった。
 居所を転々として、ようやく文化的な生活に触れる機会があったものの、扱いは人のそれでは無かった為に、孤独である事に変わりは無かった。
 元より、奪われた視力で何も見えずに過ごしてきたのだ。




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あきゅろす。
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