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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
交渉2





 今回の演習で、フェニックス指揮官たちが取った作戦は目標への強行突破だった。
 哨戒艦艦隊と変わらないであろうこの作戦は、力のゴリ押しとぶつかり合いを予想させて、いささか食傷気味な感はあるものの、それでも勝機は多分にあった。
 沢口は、フェニックス戦闘機隊隊長がエサになっている事実を踏まえた上で、今回の作戦に打って出た。
 こんな賞レースには、チームワークや緻密な作戦などなんの意味もない。それならば、正面切って個人レースにしたほうが手っ取り早い、と、彼らは作戦を投げ出したのだ。
 勿論、それには個人の力量への信頼が前提となっている事は言うまでもない。
 そんな締まりのない状態になっても、フェニックス艦隊提督は沈黙したままだった。
 フェニックスと接舷していた護衛艦シグルスが、フェニックス艦隊から離脱する。
「頼んだよ。黒木隊長」
 ブリッジから見送る沢口が、まるで神頼みのように呟いた。
「なあ沢口。アイツ、本気なのかな?いまひとつ信じられないんだけど」
 フロントガラス越しに、遠ざかるシグルスを眺めながら、橘が尋ねる。
「どうだろう。こんなデカイ話になってるなんて、案外本人だけは知らなかったりして……」
「だよなあ。あの野郎が自らエサになるなんて、有り得ないよなあ」
 フェニックス艦隊最強の看板を背負う戦闘機パイロット。プライドの高い野村が、そんな安い身売りに応じるとは到底思えない。
「こんな事になってるなんて知れたら、また、一条提督に睨まれる……」
 沢口は、一条の強面を思い出して、また情けなく泣きを入れた。
「泣くなよ沢口。ミッションが終わったら付き合ってやるからさ」
 沢口に向けられる橘の優しさは母性に近い。
「うん」
 沢口は、橘に甘えてその肩にもたれかかった。
 満足そうに微笑む沢口と、包み込む優しさを見せる橘とのやりとりに、ブリッヂの腐れ外道たちは、心の中で密かに感涙していた。
 唯ひとり、古参である管理オペレーター城卓也だけは、そんな緩い空気を余所に、フェニックスの動向をクールに監視し続けていた。


 護衛艦シグルスに乗艦したフェニックス海兵隊が、ブリッヂへと上がった。
 シグルスのブリッヂは、フェニックスに比べるとずっと狭い。
 キャノンコントロールシステムがアンダーフロアに接している閉塞感は、巨大な戦闘空母では味わえない。
 そんな狭いスペースに、黒木ら優れた体躯の海兵隊員は大きな荷物になっていた。
 しかし、不思議とむさ苦しさが感じられない。
 今時珍しいほどの男所帯にもかかわらず、ブリッヂの空気は清浄だった。
「ようこそ、シグルスへ。艦長の北村です、よろしく中尉」
 北村は、黒木と握手を交わしながら、好意的すぎる意味深な笑顔を向けてきた。
「――日系?」
 端で見ていた土井垣が不躾に北村を見つめる。
 彫りの深い顔の造形。眉も睫毛も濃く、ダークなブロンドを無造作に後ろに流しているだけのヘアスタイル。そんな情熱的な外見は、どこから見ても南ヨーロッパ系の人種に思えてならない。
 土井垣の指摘に、北村はただ微笑みを含むだけだった。
「副長の松山です」
 替わって黒木と握手してきた副長を見てから、黒木は失笑した。
「君たちは、何かこう、中傷めいた事を言われた事はないか?」
「さあ……。どうでしょうか」
 副長も、艦長と同様の微笑みを向ける。
 松山は、黒木の言わんとする処を理解していた。
「ここはどうも、男の身では居心地が悪い」
 黒木の指摘を背中で聞いていたパイロットが失笑した。
「――失敬……つい」
 パイロットは、自身の失態を詫びる。
「俺……モデルクラブに居るような気分なんスけど」
 桜庭が、らしくない緊張した面持ちで呟いた。
「てか、ホストクラブ?」
 黒髪を一筋の乱れも無く後ろになでつけ、隙の無い松山の完璧な佇いは、やってきた海兵隊員たちにそう思わせて然るべきだった。
「そう言う面では……旗艦の方々の足元にも及びません」
 松山は表情を隠すように視線を落として、笑顔を変えないで応える。
「我々は実戦部隊です。最近は輸送任務の方が目立ってしまいましたが、荒事の最中ではフェニックスの盾としての任を果たしています」
 穏やかな微笑みのまま、自らの戦力を誇る艦長。副長はそんな艦長に対して、絶対の信頼を寄せる視線を向けていた。
「シグルスとここのクルーは、フェニックス艦隊一の戦力と自負しております。多少のやっかみや中傷など取るに足らない」
 上品な軍人でありながら、その実態は旗艦とは一味違うようだと、黒木は感じていた。
 最大速度でアストゥリアスへ航行するシグルス。足が速い。パイロットも優秀だと判断できる。当然、いいシューターが揃っているのだろうと黒木は思う。
「艦長」
「はい」
 黒木の問いかけに姿勢を崩さず、明らかに敬意を向ける有り方に黒木は気付いていた。
「君は、HEAVENに来て長いな? 違うか?」
 北村は、我が意を汲み取ろうとしている黒木に対して、やっと真の笑顔を返してきた。
「はい。少なくとも、旗艦の方々よりは」
 黒木は確信した。
「ならば、先の大戦で……」
「ご一緒しました、少佐」
 百年前のへルヴェルトとの大戦。
 その激戦のあとの静寂の時代に、軍を離れた者は多かった。それでもなお、戦場でしか生きる場所を見いだせない変わり者は、ここにも存在していたようだ。
 黒木は喜びを隠せない。
「居るものだな、こういう戦バカが」
「その言葉、賞賛として頂戴いたします」
 前線に在りながら、大戦を生きのびてきただけでも、その実力は相当のものと証明できる。
 長い間、与えられた任務を堅実にこなしながら、更に力を蓄えてきた。
 この戦力との再会は、双方にとって幸運な出来事だった。
「わたしの傘下に入るつもりはないか?楽しい戦をさせてやるぞ」
 北村にとっては是非も無い。
 黒木のフェニックス就任を知ってから、ずっとこの機会が訪れるのを待っていた。
「それはいい。フェニックスは皆がこぞって護衛するものですから、実は閑職同然だったのです」
 その発言は謙遜も甚だしい……と、黒木はほくそ笑んだ。
 常に前線に在り続けフェニックスの盾となり、特攻部隊でもあったこのシグルスは、フェニックス艦隊に無くてはならない強力な戦力だ。
 しかもシグルス自体もまた、護衛艦第一艦隊の旗艦である為、実際はその後続に三隻の巡洋戦艦を率いている。
「今回はこれまでとは様相が違う。皆、こぞってアストゥリアスへ向かうだろう。その結果がどうなるのか先読みが困難なのだが、相手はあの哨戒艦艦隊だ。わたしはフェニックスとギャラクシアを沈めにかかってくると予測している」
 北村と松山の表情が変わる。
 戦場に向かう高揚感が、彼らの瞳を輝かせた。
「我々をアストゥリアスに送り届けた後は、哨戒艦艦隊を撹乱して欲しい」
 願っても無い任務を告げられ、指揮官ふたりは視線を交わして、同意を確認し合った。
「それは楽しそうだ。しかし、旗艦がそれを認めてくれるでしょうか?」
「わたしの命令だと伝えればいい」
 黒木は事もなげに告げる。
「ただし、梵天には近づくな。あれは多くの飛び道具を隠し持っている。梵天と接触しそうになったら後退しろ。どのみち、ギャラクシアが遮那王へ仕掛けに出るはずだ。連中の情は深いからな」
 一条と次郎の因縁は、情の深さ故と感じていた。
 似た者同士で互いに魅かれていながら、思い通りにならない相手に苛立っている。
 黒木はふたりの関係を、そう読んでいた。
「遮那王がターゲットになれば必ず梵天が盾になる。それの相手はギャラクシアに任せろ」
「分かりました」
「あとは艦長……貴官の采配に任せる。幸運を祈っているぞ」
 黒木はブリッヂに言い残して、海兵隊を引き連れて船倉に向かった。
「はい。貴方がたも、御武運を……」
 ブリッヂから去る黒木たちに向かい、北村は喜びを隠せないまま笑顔で見送った。




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