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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
誕生2





 ──なんだこれは。
 なぜ、自分が提督にこんな冒涜をはたらかねばならない。
 全く、最近の職員は何を考えている。
 例えようの無い不快感に襲われ、彼は苦虫を咬んだようにその端正な顔を歪めた。
 ジェフは、手にしていたペーパーバッグを、苛立つ感情に任せて、いささか乱暴にダストシュートに放り込んだ。
 以前から、このような噂話が飛び交っている事は知っていたが、最近更にエスカレートしてきた。
 初めはゲイバッシングのひとつかと彼は思っていたが、そうではない事に気付いた。
 女子職員の一部に見られるこの手の創作を手掛ける者たちのエスカレートぶりは、それを求める第三者がいるからに外ならない。彼女たちは男子職員、それも一定の知名度を持つ職員を対象にして、このような創作活動を続けている。
 そんな創作物を、なぜ彼が手にしていたか。それは単に彼女らが落として行ったからであり、こんなモノをオフィスに落として行くのも、あまりにもわざとらしいと呆れたが、その印刷を本部のプリンターを無断借用して行うという図々しさには憤りすら覚える。
 こんな小冊子を見つけたのは、今回が初めての事ではない。
 ペーパーバッグの裏表紙に定価が印刷されている。
 そこから、これらが販売されているらしい事もうかがえる。
 ──冗談にも程がある。
 彼は自分のオフィスに向かいながら、更なる不快感に襲われていた。
 ネタにされているのは、自分だけではない。
 どちらかといえば、フェニックス艦隊の面々が格好の餌食になっているようで。艦長、副長をはじめ、戦闘機隊の隊長も利用されている。指令官の杉崎中将と立川准将もネタになっているのを見たことがある。
 その内容は壮絶すぎて、あまり思い出したくはなかった。
 HEAVEN防衛軍統合本部の巨大なビル。
 何基もの滑走路を有する広大な港が、その後方に隣接している。
 港の向こうには海洋が広がり、視界を遮るものは何も無い。
 海洋に面して左側には半島が突き出ており、HEAVENの政治経済の中心地である都市が広がっている。
 艦隊指揮官たちのオフィスは、その広大な港に面して、いわばオーシャンビューの恵まれた環境の中に置かれていた。
 彼はそのひとつ、自分が所属するオフィスのドアに指先で触れた。指紋に反応してゆっくりとドアがスライドし、彼を室内に招き入れる。
 室内では、先程手にしていた冊子の中で彼に甘えていた上官、ウィル・バーグマン提督が、管理システムのディスプレイに向かっていた。
 後ろになでつけるようにセットした淡い金髪。そのひとすじだけが、ふんわりと額にかかって、長いまつげとともに、その穏やかな表情の上にうっすらと影を落としている。
 清潔な詰め襟からのぞく首筋は真っ直ぐに伸びて、折り目正しいユニフォームに包まれた美しい居住は、彼の由緒正しい血筋を思わせる。
 古くから英国王室に仕えてきた、英国海軍提督家一族。『ウィル』などと通称で通しているが、バーグマン卿のご子息、ウィリアム様なるこの御方が、あのような婦女子の戯れの対象にされるなど、言語道断。
 と、ジェフが再び憤り始めると、入室者に気付いた彼が、伏せていた碧い瞳を持ちあげた。
 アングロサクソン特有の繊細な容姿が、優しい笑顔に変わる。
「どうした?ジェフ」
 上品な響きを含む声が向けられ、ジェフは我に返った。
「いえ、少し不愉快な事があったものですから」
 ジェフの居たたまれないでいるような様が、ウィルの同情をひいた。
「何があったのだ?」
 気がかりそうに尋ねる彼の眼差しによって、ジェフは自身の怒りを押さえ込んだ。
 彼には絶対に知られてはならない。
 あんな物の存在があると知ったら、繊細な彼は再起不能に近い衝撃を受けるに違いない。
「何でもありません。些細な事です」
 やんわりと微笑み返してから、ジェフは室内の一部に備えられているキッチンユニットに向かった。カップをふたつ取り出し、サーバーに入っていたコーヒーを注ぐ。
 そして、そのひとつをウィルの手元に差し出した。
「ありがとう」
 ウィルはカップを受け取り、それを口元に運ぶ。
 その彼のデスク上に、資料や報告書に紛れてある、とんでもないモノをジェフは見つけてしまった。
 愕然と固まるジェフの視線に気付いたウィルは、訝しんでその顔を見上げた。
「どうした?」
 絶句しているジェフの視線の先をたどって、ウィルはジェフの狼狽を知って苦笑した。
「ああ。これ……。メールボックスに紛れていてね」
 少しだけ困ったような表情でそれを語る。例の婦女子の戯れの産物がそこにあった。




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