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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
誕生1



1.誕生



 いつもと変わらぬオフィスの朝。
 わたし、旗艦セレス副長ジェフリー・サンダースは、いつもと同じプリンスオブウェルズの香りを楽しみながら、その茶葉を蒸していた。
 艦長、ウィル・バーグマン准将がこよなく愛する名品。それを煎れるのがわたしの毎朝の日課だ。
 思い起こせば、もう何度こんな朝を迎えたことだろう。
「おはようジェフ。今日もいい香りだね」
 オフィスのドアが開いた。まぶしいほどの笑顔がわたしに向けられる。
 淡いサンドベージュの折り目正しいスタンドカラーのユニフォームが、いつも変わらず小憎らしいほどよく似合っている。だが、昨日とはまた違った清々しさがあった。それは、襟足が刈られて美しいうなじが見えていたからに外ならない。
 わたしはティーポットからカップに茶を注ぎながら尋ねた。
「艦長。散髪に行かれたのですか?」
「ああ。君はよく気がつくね」
 カップを渡すと彼はやんわりと微笑みを返してくれる。
 金髪がきちんと刈り揃えられて、なんて清楚なのだろう。
 柔らかな眼差しは青く澄んでいる。
 その表情は、とても艦隊の指揮官とは思えないほど優しく穏やかだった。
 視線をティーカップに伏せて、香りを楽しんでから一口含んだ。そして、彼はまた満足そうに微笑む。
「美味しいね」
「ありがとうございます」
 至上の歓びが私を包む。
 艦長の微笑みを独占する事が出来るなど、この上なく光栄だ。
「ところで、来週からまたシヴァ空域での演習に入るのだが……」
「ああ。合同演習の件ですね」
「そう。フェニックス艦隊との合同演習になるので、少しプログラムを見直ししないとならないんだ」
 少しだけ憂鬱そうに、カップに視線を落とした彼は、そのまま言葉を続ける。
「折角、君が作成してくれたプログラムだったのに」
 艦長。そんな事はいいのです。
 わたしはいくらでもあなたのお役に立ちますから。
「済まないね」
 視線を持ち上げた少しだけ甘えたような表情は、わたしを骨抜きにする。
「いえ、構いませんよ。フェニックス艦隊にまた一泡吹かせてやりたいものです」
「そうですね」
 彼はまたやんわりと笑った。
 視線がわたしを誘ってくる。
「お茶受けはないのですか」
「ああ、なにか甘いものでも?」
「う……ん」
 彼ははにかんで俯いてから、そしてふたたびわたしに視線を向けて来た。
 しなやかな指先が、わたしの唇に触れた。
 目を細めて笑う彼が、わたしを誘惑してくる。
「これが欲しいな」
 誘われて、抗えるわけがない。
 わたしは、彼にそっと唇を重ねた。
 いつもの朝の風景だった。


END




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あきゅろす。
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