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聖戦の礎 ―締結編― (完結)
誕生13





 しばらくしてから検査を終えて出てきた里加子は、診療室のコンピューター端末に映像を取り込んで報告した。
「完全に折れている訳ではありませんが、下顎骨にひびが入っているのと、右肋骨8番9番が折れてますね。頸椎は異常無いようですし肺の損傷もありませんが、こんな状態で演習はキツイのではないでしょうか?お休みされてはいかがでしょう?」
「――だって。どうする?」
 里加子の報告を聞いて、夏樹が陽本に確認した。
「いえ、大丈夫です。このくらい戦場ではあたりまえですから」
 応える陽本を、夏樹は鼻先で笑った。
「大丈夫よねぇ、確かに。でも、負傷兵は替えがいるから休めるけど、指揮官ともなるとそうはいかないのよ」
 夏樹の脅迫めいた進言に、陽本は苦笑した。
「手足は一応無事ですので……」
「そうねぇ。今のところはねぇ」
 夏樹はニヤリと笑う。
 そして、里加子に依頼した。
「里加子。教えてやって。この新米副長さんに」
 依頼された里加子は、教科書通りの説明と、経験上の予測される経過を説明し始めた。
「手術を必要とするケースではありませんが、骨折は骨折ですから、完治するまでは最低でも二.三週間は要しますし、勿論痛みがあります。肋骨はベルトで固定して鎮痛剤を投与すれば、職務に支障はきたさないとは思いますが、問題はあごの方です」
 淡々と語る里加子に、艦長と副長はおとなしくじっと集中している。
「装具固定でもよい状態ですが、痛みのコントロールの方が難しいですね。安静の為にも食事制限の必要があるでしょう。もちろん、噛む事自体が痛みの為に困難と思われます。……早く直したいのであれば、やはり固定術をお勧めします」
 ふたりは、何だかよく解らないが、集中だけはしていた。
「……ぶっちゃけ、言っちゃっていいですか?」
 ふたりの表情から予測して、遠慮がちに尋ねる里加子に、夏樹は笑って促した。
「いいわよう。ふつうに説明しても実感わかないみたいだしぃ」
 夏樹の許可を得て、里加子はふたりに解りやすく説明した。
「噛む事が出来ないので、ベビーフードみたいなのとか、ドリンク類しか飲めない。そうすると、どんどん体力低下をきたして……。今は手足が動いても、いずれは足腰が立たなくなる。勿論体重も減ります。しかも指揮官は命令するのが仕事です。満足に話す事も出来なくなるのに、どうするんですか?」
 非常に解りやすい説明に、ふたりは驚いた。
 担当医が、仕事をしている場合でもなければ、戦場に行ってる場合でもないから『休め』と言っている。
 武蔵坊は、気遣うような視線を陽本に向けた。
 武蔵坊のその気遣いに気付いて、陽本は首を振った。
「嫌です。自分はここに居たい。居させて下さい。……あんな連中を、艦長おひとりに押しつけて、自分だけのうのうと休む事なんて出来ません」
 それ以前に、演習の役に立つのか?……と、里加子はツッコミたかったが、さすがにそれは控えた。
「何? 問題児でも乗艦してきたの?」
 夏樹が尋ねると、ふたりはすっかり困惑しきった表情を向けあった。
 問題児ではないからタチが悪い。
 今回の件は事情がありそうだ。
 それ以外では、至って模範的な人物であるはずだった。
 実際、静香にしても桔梗にしても、そんなリスクのある兵との報告は無かったのだ。
 隊を仕切るのは、陽本の役割だった。武蔵坊は、陽本の情熱と責任感に頼る術を選択せざるを得ない。
 前途多難な行き先を案じて、ふたりは深くため息をついた。
 それによって、陽本はさらに痛みに悶絶する羽目になった。
 折れた肋骨をかばって、前かがみになって痛がる陽本の姿は、皆の同情を一身に集めていた。
「女のひとにやられるなんて……」
 陽本は、それまで抱いていた女性に対する認識を、改めなければならないと悟った。






1.誕生
――終――




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あきゅろす。
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