聖戦の礎 ―締結編― (完結) 誕生11 出港を待つ哨戒艦艦隊は、統合本部の広大な港に集結していた。 哨戒艦艦隊二番艦梵天王。 その士官室の一室に、一条がいた。 泣き崩れる桔梗を抱いたまま乗艦し、彼女の部屋まで連れて来た。 一条の優しさに触れて、落ち着きを取り戻した。そうしてはじめて、自分以上の痛みを抱えているかもしれない一条に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 「いつこっちへ来たん? 知らんかったで」 「まだ、一年ほどです」 新兵の名簿にいちいち目を通すことなどなかった。だから桔梗が入隊していたことなど知らない。 一年前にHEAVENにやってきたという。それでは、市ケ谷に逢えなかったはずだ。 一条は桔梗の痛みの深さを知った。 地球にいた頃は、 花街で一流の芸妓だった『桔梗』。 市ケ谷は彼女を愛していた。 一条は、馴染みの料亭で芸妓である『桔梗』しか知らない。市ケ谷とどれだけ深い間柄だったかは知る由もなかったが、市ケ谷を失った彼女の悲しみはその深さを裏付けるのには十分だった。 「――せやけど、板につきすぎとるわ。いつからこないな稼業に足入れたん?」 軍服が馴染む桔梗の姿は、一条にとっては違和感が強い。 彼女はいつでも、髪を結い、紅をさして、美しい和服姿で舞っていたのだ。 「向こうで、哨戒艦が沈んでからやから……。もう十年以上やわ」 寂しそうに目を伏せて桔梗が応えると、一条は困ったように視線を泳がせた。 「そんなん長くかいな。……何でや?」 「聞かんといて下さい」 桔梗はまた涙を見せた。 「あのひとの傍に、居たかった。少しでもあのひとの居た世界に触れていたかった。それだけです」 一条は困った表情のまま、桔梗を見つめた。 桔梗の痛みは、市ケ谷を失った陽本の痛みを思い起こさせる。 儚げで頼りなく思えて、同情を禁じ得なかった。大切な者を失い、足元が揺らいでいるのがわかった。 だから、それを支える為に陽本を傍に置いた。 だが、桔梗はどうしたらいいのだろう。何が彼女の支えとなるだろう。 一条は、これ以上どう関わっていいのか思案していた。 美しい衣装も、紅をさす事も捨ててしまった。愛する男と、心中でもしてしまったかのような生き方をする桔梗。それはとても哀れに思える。 「それにしても、化粧ぐらいせぇ。そんな自分、市は喜ばんで」 「ええんです。元々、素顔のうちが好きや言うてくれはりました。うちは、あのひとしか愛せへん。ずっとこのまま……。あのひとの魂と共に梵天で生きていきます。そう決めましたん」 何か、遠くを見ているような視線には、何も映し出してはいない。桔梗の魂は市ケ谷と共にある。 しかし、軍に長く在籍していた戦闘員である事から、死に急いでいるわけではないようだ。 「――さよか」 一条は、今後の経過を見守る事にした。 思ったより彼女は強い。ただ、今回の経緯は突然過ぎて、桔梗にはショックが大きかったのだろう。 「もうすぐ発進するさかい、俺は遮那王に戻る」 一条は桔梗の傍から立ち上がった。 「何かあったら、いつでも構へんから、コールしてや」 「おおきに」 桔梗は穏やかに微笑んで一条に応えた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |