聖戦の礎 ―締結編― (完結) 誕生10 「落ち着いた?大丈夫?」 本部ビル内のラウンジに静香を連れてやってきた森は、静香にソファをすすめて自分もその隣に腰かけた。 胸ポケットからハンカチを取り出して差し出した森に、静香はやんわりと微笑み返した。 「ありがとう。大丈夫。……でも、違うのよ。艦長は、何も」 「――女性をあんなふうに扱うなんて、許せないよ」 「あれは一条艦長が」 「それでもダメ」 森は、少しだけ沈みがちに目を伏せた。 「彼には、ああいう事、して欲しくはない」 呟くように言う森の心中。静香はそれを推し量る。 色白で繊細な美しい表情が、ふたたび静香に向けられた。正に美少年の王道を行くような姿は、武蔵坊に一目惚れさせた威力がある。『お小姓に欲しい』と言わしめた彼だったが、残念ながら、遮那王に取られてしまった。それでも、森と武蔵坊の熱愛関係は健在で、静香の耳にも聞こえてきていた。 もう何年も経つ関係なのに、まだ相手に理想を抱き続けている。 静香はそんな関係が羨ましくなった。 「いいわね。ずっと恋していられるなんて。同性の特権かしらね」 そんな風な感じ方をする静香の心が、森には気になる。 「立川さんは、ずっと姐さんに恋しているよ」 その指摘に静香は笑った。 「離婚だって一方的で、不本意だったみたいだし。……プロポーズずっと断っているんでしょ?どうして?」 込み入った質問に、静香は無言で微笑み返した。 「それはもう少し、貴方と親密になったら教えてあげるわ」 同じフェニックス戦闘機隊に所属していたとしても、静香は後輩の藤峰葵と常に一緒にいたし、森は友人である野村と一緒にいる事のほうが多かった。 「仲良くしてくれるの?」 「ええ。同じ隊にいた仲じゃない」 ふたりは、やんわりと微笑み合った。 「良かった。僕なんて眼中にないと思ってた」 「まさか!」 意外な感情に触れて驚く静香に、森は悪戯っぽく笑う。 そうして、静香の感情が落ち着いた事を見計らってから、森は立ち上がって手を差し伸べた。 「そろそろ行こう、出発だ。フェニックスが待っている」 促されるまま、静香は森の手を握って立ち上がった。 「そうね。フェニックスとの対戦なんて。よく考えると、なんだか面白そうね」 「やっぱり姐さん頼もしいや。一緒に出撃出来ないなんて、残念だけど」 ふたりは、手を繋いだまま歩き出す。 そこで初めて、周りの視線が集中している事に気付いた。 ゴシップ好きな本部職員。 どうやら自分たちは、その彼らにエサを撒いてしまったようだと察する。 これから、何時間後かの軍専用の掲示板に、自分たちの映像付き不倫ネタが流される事だろう。 ふたりは食傷気味な気分になったが、すぐにどうでもよくなって、そのままラウンジから立ち去った。 陽本副長の事は、都合よく忘れられていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |