相応しい男 6 「だって、俺はこんな男だし、西奈はもともと女のほうが好きだろう。司令部は女性が多いから、きっといい人が現れるよ」 心にもない言葉を返す橘の瞳は、言葉とは裏腹な心情を示していた。 悲しそうな表情は橘も同様だった。 「そんな事言わないで下さい」 西奈は思わず歩み寄って橘の身体を抱きしめた。 腕の中の橘の身体は、確かに男性的なそれに変わっている。 けれど、今となってはそんな事は関係ない。 「自分はあなたを愛しているんです。あなたの外見だけを愛しているわけじゃない」 西奈は橘の両肩を掴んで、その顔を覗き込んだ。 「どうして、自分の気持ちを信じてもらえないのですか……」 橘は、感情に寄り添う西奈に見つめられて、不意に緊張の糸がほぐれた。 変わらない西奈の、自分を包み込むような視線を何よりも信じたかった。 「……本当は西奈の傍に居たかった。自信を持って同じ場所に立っていたかった。もう、フェニックスの主任航海士のポストで満足して居られる年じゃない。それを……おまえに先を越されて、みっともない嫉妬心に煽られたんだ」 自分自身の感情が悔しくて、橘は不意に涙を零してしまいそうな脆さを見せる。 「おまえに抱かれて乱されるのが好きなくせに、そこだけは違っていた。女みたいだって言われても気にする事なんてなかった。だけど結局……。俺は自己顕示欲の固まりで、変なプライドが捨て切れない」 西奈の身体を両手で押しのけて、自身の弱さを見せまいとする。 「愛してるのに、どうしてだろうな……。どうすればいいのか、俺自身にも分からないんだ」 離れようとする橘の身体を、西奈はふたたび引き戻して抱きしめた。 「自分はあなたの傍に居たい。あなたを愛してる気持ちに変わりはないし、そういう凌ぎ合いがなければ男性を愛した意味がない。綺麗なだけなのがいいのなら、最初からあなたを愛したりはしませんよ」 橘は西奈の言葉が信じられなかった。初めから、同性を愛するという事の意味を考えていたとでもいうのだろうか。 「伊達にあなたをずっと見つめて来たわけではありません。あなたの働きも、あなたの真の強さも分かっている。外見だけではない。あなたのすべてが自分にとっての憧れでした」 西奈は橘を見つめた。迷いなくまっすぐに見つめる視線に偽りはない。 「今更ですよ、橘さん。自分は、男性としてのあなたを愛したのです。そんなことくらい、とっくに分かっているのだと思っていました」 「西奈……」 橘は、自分自身の理解を越えた複雑な感情で、足元を脆くしてしまいそうだった。毎日気を張って訓練に打ち込んでいたそれまでの緊張が、西奈の言葉で解けてゆく。 「いいのか?……こんな俺でも」 「魅力的ですよ」 西奈はそんな甘い言葉で失笑する橘に、そっと唇を寄せた。 「早く訓練を終わらせて、あなたを抱きたいです」 くちづけの後に、首筋にキスを這わせてから、肩に舌を押し付けて軽く吸う。橘は微かに声を漏らして、西奈の腕にかかった指に力を込めた。 「汗くさいだろ……。放せよ」 「いい塩加減ですよ」 「……バカ」 これ以上抱き合っていては理性の限界にきそうで、橘は西奈の腕から逃れた。 「明日は飛行訓練だ。早く休めよ。おまえの苦手分野だろ」 悪戯っぽく笑う橘は、トレーニングルームの一角にあるシャワー室に向かった。 「そうですね」 橘の後ろ姿を見送って、西奈もまたトレーニングルームの出口に向かう。 橘は不意に足を止めて振り返った。 「──シャバに戻ったら、いい部屋リザーブしてゆっくり楽しもう。お互いそれまでの辛抱だ」 驚いて振り向いた西奈に指先のキスを投げて、橘はシャワー室に消えて行った。 西奈はそれだけで俄然やる気が出てきた。けれど、分かっていても、すぐに押し倒せない状況が悔しくてならなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |