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相応しい男
22





 統合本部の12階ほぼ全体にわたる高い吹き抜けの天井を有する大会議室は、軍における数々の式典に使用される。そこには軍統合本部を拠点とする艦隊の指揮官と、新たに編成された艦隊の乗組員たちが一同に会し、総帥直々による新編成の発表と就任式が厳かに執り行われた。
 その後、会議室の外にある広いホールに記者会見の場が設けられ、総帥を初めとする関係者たちはその会見に応じていた。
 軍広報誌から専門誌、そしてテレビネットワークの多数の記者とカメラマンが、総帥の見解と展望を聞いて活発に質問を重ねていた。総帥が返答するたびに複数のフラッシュが光る。
「――西奈」
 声に気付いて振り返ると、そこには上品なモスグリーンのユニフォームに身を包んだ橘の姿があった。フェニックスの紋章と共に設えられている副長の襟章が真新しく輝いている。
 就任式で互いの転任を知ったふたりは、それぞれの進むべき道に来て、それでも共にあり続ける場所を得た事に満足していた。
 穏やかに微笑みが交わされる。
 言葉を交わさなくとも、互いが何を思っているのかが分かっていた。
 記者会見の壇上には総帥と総帥付官房。艦隊提督である杉崎と参謀の立川。そして、新艦長である沢口の姿があった。
「こんな編成なんて、思ってもみませんでした」
 壇上に視線を移して呟くと、橘もまた万感の思いで壇上を見つめた。
「なんだかんだ言ったって、ずいぶん長くブリッヂにいたよ。……ずっとあのふたりの在り方を見て来たし、実際俺たちもいい年だからな」
 いい年と言われても、若いまま時を止めた自分たちにはどうも実感がない。西奈は、自分はずっと22歳のままでいるような気分で過ごしてきた。けれど、思い起こせば壇上にいる杉崎提督は、今の自分と同じ年の頃には艦長としてフェニックスに就任して、不動の地位と戦果を得ていた。そうなると、確かに『いい年』なのかも知れないと思わせられる。
 不意に橘が失笑した。
 壇上の沢口の緊張が可笑しいらしい。
「いきなり祭り上げられちゃあ可哀想な気もするけど。……見ろよ、杉崎提督の満足そうなカオ」
「好みで艦長を決めるって噂が立つまで、どれくらいかかるでしょうね」
 からかう西奈の意見が橘をさらに笑わせる。
「よせよ。こんなハナシ聞かれたらコトだって」
「でも、立川さんとも結局ヨリを戻しましたからね……」
「よせって」
 クスクス笑い続ける橘は幸せそうに見える。
 今の彼があるには、どんな辛い思いをしてきたのかを知っている。
 当たり前のように上品なモスグリーンのユニフォームに包まれて、望むままの地位を手に入れただけのように、皆単純に考えるに違いない。
 フェニックス艦長の立場を譲り受けた沢口も、苛酷な厳しい訓練を受けて、やっとの事でここまで昇進してきたという真実を皆知らないでいる。
 それを知っているのは、自分を含むごく一部の人間なのだろう。
 戦場の真実など、記者連中は知る由もない。軍関係の記者といえども所詮は民間人だ。
 西奈は、今ここに立つまで、そんな民間人と大差無い意識でいた事を改めて知った。
 戦争の真の意味も、そこで生き抜く真価も、やっと今分かったような気がした。



「一時はどうなるかと気をもみましたが、良かったですね」
 記者会見が終わって、壇上から降りながらジェイドが前を進む聖に話しかけた。
「なにが?」
 聖はカメラに向かって営業用スマイルで応えている。
「まさか、ディセンバーがサイバー攻撃にあうとは……。我々はもっと防衛に力を入れなければ……」
「ああ。あれはオレが仕掛けた」
「はあぁぁっ!?」
 しれっと暴露する聖の言葉に、ジェイドは記者たちに囲まれながら素で驚く。
「出航前に小松原課長に依頼してプログラム仕掛けていたんだ。そこにたまたま敵が現れただけだ」
「なん……てこと」
 たまたまとか呑気に言ってる場合じゃない。もしかしたらディセンバーは本当に沈められていたかもしれないのだ。
「そのくらいのアクシデントを回避できなくてどうする。HEAVEN勢力圏と言っても、いつ何が起こるかわかんねーんだぞ。それに即時対応できて初めて防衛艦隊って胸張って言えるんだ。ぬるい事言ってんじゃねぇ」
「ああ……」
 この人はもう……。
 ジェイドは落胆した。




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