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相応しい男
20





 特別講習の全ての過程を終えてHEAVENに帰還した西奈は、統合本部の情報作戦司令室へ転属し、司令室での勤務についていた。
 橘との久しぶりの甘い時間も存分に堪能して、やっと元の自分を取り戻したような気がする。
 しかし、なぜか気分が晴れない。洪水のようにあふれる情報の処理に時間を費やす毎日に忙殺される事に抵抗がある。やり甲斐がないわけではない。だが、前線での緊張感と達成感を思うと、言い知れない空しさを覚える。



 それから1週間経ち、少しだけ司令室に馴染んできた頃、突然の出頭命令を受けて、11階にある会議室にやって来ていた。
 そこでは、教育担当の複数の将校が揃っていて、訓練中の行動に関しての最終確認を受けた。
 訓練中の自分の判断や行動に、何か問題があっただろうかと不安になる。
 細々とした事実を取り上げれば色々ありすぎてきりがない。そこは自分でもわかっていた。
 報告書を前に、担当官は西奈にその経緯を尋ねる。
「――それでは、ディセンバーにおける君の役割は何だった」
 対峙するように席に座らされてつぎつぎと浴びせられる質問は、まるで尋問に近い。
 西奈は緊張していた。
「……自分には、ディセンバーの機能を維持する役割がありました。それが何者かに破壊されたので、修復に時間を要しました」
「いわゆるシステム管理か」
 担当官が確認して頷く。
「そのオペレーターが、なぜ持ち場を放棄して戦場へ出て行ったんだ」
 西奈の表情が固く凍りついた。担当官は感情の伴わない双眸を向けたまま西奈の答えを待つ。
「味方の、応援が到着したので、パイロットを連れ戻すために……」
 歯切れの悪くなる言葉を、担当官は腕組みをして黙って聞く。
 詰め襟が息苦しく感じる。西奈は、喉元にかかる襟を指先で少し離してから深く息を吸った。
「ディセンバーに敵のパワードスーツが接近し、直接の攻撃が仕掛けられました。艦の被害が甚大になる可能性もありました。すぐに味方のパワードスーツに本艦の護衛命令を出しましたが、交戦中のため帰艦もままならず。……自分が出撃してこれを撃墜しました。また、艦隊戦に向けて熟練した航海士を必要としましたので、それの帰艦のための支援に向かいました」
「――それが君でなくてはならなかったのか? 外にも適任者はいただろう。君はなぜ自分の持ち場を放棄して単独で戦場に赴いた」
 担当官の詰問の理由も分かる。西奈の自信が揺らいだ。
 こめかみと背中に、冷たい汗が一筋流れるのを感じる。
「自分が適任だと判断しました。正規のパイロットが存在しない艦内では、何者かが前線に赴く必要が生じた場合、たとえオペレーターであったとしても、それに応えるべく力を発揮しなければならないと考えました。自分はプログラムを完成して、ナビゲーションシステムを回復させてから後は、学生に任せても良いと判断して、出撃しました」
 苦しい言い訳だと自分でも思う。あのときはただ、橘の身を案じていた自分がいた。
「君がもし戦死したら、その後のディセンバーがどうなるか、考えなかったのか?」
「ディセンバーでは君の立場は指揮官のひとりとして登録されている。指揮官を失った艦の行く末を考えた事は?」
「艦の機能は指揮官の采配ひとつで良くも悪くも変わってくる。だが、悲しいかな。人間には感情という厄介なものがあってね。君を失って残された者たちが、それによってその能力を左右されるとは考えなかったのかね?」
 自分たちは、敵艦を撃沈して凱旋した。
 一瞬の判断に懸けてきたこれまでの戦果を信じていた。その過程を考えてみた事など、それまで一度もなかった。
「――自分は……死んではならないという事ですか」
 担当官のそれまでの表情が一変して、口元に微かに笑いが浮かんだ。
「君は死にたいのか?」
「いえ」
 西奈は驚いて否定した。
「戦死する事を考えて出撃したわけではありませんでした」
「無茶をすればいずれは死ぬぞ」
 西奈の表情が凍りつく。
 誰も死にたいなどと思うわけがない。西奈はそう感じていた。
「艦を任された以上、そのクルー全体の命を任されているという事を知ることだ。自分をも含めて、被害を出さずに如何に効率よく戦果をあげるか、もっと冷静に選択し判断する事。それが君の今後の課題だな」
 今の自分は指揮官ではない。ディセンバーでの立場と同様の事が、今後もあり得るということだろうか。
 西奈は固唾を呑んだ。
「幸い、君の就任先の艦長がなかなかの策士らしい。そこで、手腕を磨く事だな」
 西奈は自分の耳を疑った。信じられないながらも自分の行き先を予感する。
「西奈少尉」
 それまで、尋問のようだった担当官の口調が変わった。
 西奈は席を立って、その場に屹立した。
「はい」
「本日を持って大尉の階級を与え、新造艦アレス副長の任を命ずる」
「はい」
 敬礼で応える西奈を確認してから、担当官たちは書類を片付けてそれまで座っていた席を立った。
「おめでとう大尉。君はこれから、アレス艦長のもとに出頭しろ」
「了解しました」
 西奈は礼を残して会議室を出た。
 信じられない。
 自分が正式な指揮官の一員として着任するなど信じられなかった。
 杉崎が暗示した事が実現するとは、思ってもみなかった。
「やった……嘘みたいだ」
 茫然としたままつぶやく。
 主任通信士として、フェニックスのブリッヂにいた7年間が、自分の全てだと考えていた。だが、今の自分は、決して届かないと思っていた場所に立つ許しを得たのだ。
 西奈は込み上げる喜びを押さえ切れないまま、アレス艦長の待つオフィスに向かって走り出した。





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