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相応しい男
2





 その店を訪れたのは久しぶりだった。
 以前、早乙女と通い詰めたパブは、今も変わらないシックな雰囲気で迎えてくれた。
 変わらない店長が笑う。
 名うての軟派コンビの正体を業界の専門誌で知った。お堅い職種に就いているとは全く思えないらしい。ふたりはきまりが悪くて、ただ苦笑いを浮かべるだけだった。
「──で、何か話したい事があるんだろ?」
 席に落ち着いてグラスを傾けながら早乙女が尋ねる。西奈は早乙女の浮かない表情が気になっていた。
「……なんか、元気ないね。どうしたの?」
 西奈が問いかけると、早乙女は深くため息をついた。
「辞令出ちゃってさぁ」
 西奈は耳を疑った。早乙女にも辞令が出ていたとは意外だ。
 杉崎が早乙女に会えと言った理由はこれかと思う。
「なに?慎吾も司令部に?」
「え?いや、僕は……。なに?まさかおまえ、司令部に?」
 ふたりは茫然と見つめ合った。
 早乙女には新造艦への艦長の辞令が下りていた。早乙女はそれを西奈に告げて、そしてまた深くため息をついた。
「フェニックス……出たくないんだよ」
 なかば愚痴と化している早乙女の一言は西奈にもずっしりと重く響く。
「やっぱり、あれかな」
「うん。あれだよ」
 ふたりはじっと切ない視線で見つめあった。
「でも、おまえのところはいつまでも主任航海士のままってわけでもないだろうし……。いずれは、離れる事になるだろう?」
「どうだろうな……。上昇志向は持ってないみたいだけど」
「冗談だろ。フェニックスのチーフパイロットなんて、当時どれだけの難関だったか知ってるか?」
「そうか。そうだよな。……エリートなんだよな」
「いずれは何らかの形でパイロットはあがるだろ」
 今までこんな日がくるなどとは思ってもみなかった。いつまでもフェニックスのクルーでいられると思っていた。けれど、時代は確実に変化して、たとえ自分たちの姿は変わらなくとも、否応無く年は重ねてゆく。自分たちの実際の年齢を考えると、それは当たり前の事でもあった。いつまでもひと所に居着いていられるわけがない。特に西奈に至ってはフェニックスのブリッヂに配属されて7年目に入っていた。
「先生はなんて?」
「おめでとう、だって」
「そりゃあまあ、確かにおめでたいよな」
「橘は?」
「寂しくなるってさ」
「いいなぁ。僕もそのくらい言ってもらいたいよ」
「後ろ髪引かれるよ。慎吾のトコは一緒に暮らしているから、部署が変わったぐらいじゃ何ともないだろ」
「それ、先生も言ってたけどね。……ま、沢口が番犬になるからいいんだけど」
「なに。番犬って」
「いや、こっちのハナシ」
 早乙女は煙草を取り出して火をつけた。
「いずれはこうなると覚悟しなければいけなかったんだな」
 西奈を見つめて感慨深くつぶやく。
「おまえとも離れ離れになるなんて、寂しいかもしれない」
「慎吾……」
 苦楽を共にして来た戦友と別れて、新たな道を歩み出すふたりには、先のことなど想像もつかなかった。


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