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相応しい男
19





 橘と西奈はほどなくディセンバーへと着艦し、すぐにブリッヂに向かった。
「橘さん。ブリッヂに着いたらあなたがディセンバーの舵を取って下さい」
「どうして?パイロットはちゃんとやってるみたいだけど」
「敵のパワードスーツの数は倍以上に増えている。それから考えると、艦も一隻や二隻ではないでしょう。フェニックス隊は最強ですが、彼等だけに任せるというのも心苦しい。フェニックスの応援もありますから、艦隊戦に持ち込んで一気にカタをつけようと思います。そのためには、あなたの力が必要なのです」
「嬉しいじゃない、そういう戦は久しぶりだ」
 ほくそ笑んで応える橘の瞳が輝く。やっと自分らしさを取り戻せるような気がしていた。
 ブリッヂに飛び込んで沢口に帰艦を告げると、沢口はほっとしてふたりを迎えた。
「全員帰艦してはいないが、どうした?」
「学生は野村に任せて来たよ。大丈夫だ」
「そうか……」
 不意に安堵の微笑みがもれる。ブリッヂにひとりで残されて、心細かった沢口の心情が手に取るように伝わってきた。
「沢口さん、これからディセンバーを艦隊戦に向かわせようと思います。主砲は彼に任せて大丈夫でしょうが、弾幕が弱いのが心配です。あなたは、火器制御室で指揮を執ってくださいますか」
 西奈は、自分に対して指令席を降りていいと言う。
 沢口は意外だった。
 だが西奈は、揺るぎない信頼と自信を持って沢口に向かっている。
「ここは、自分がなんとかやってみます。お願いします」
 艦を守る沢口の力が欲しい。西奈の視線がそう訴えていた。
「――分かった。そのかわりしっかり戦況を見極めろよ。俺は目の前の敵しか目に入らないからな」
「分かりました」
 互いに自分たちの役割をよく知っている。橘はそう思ってふたりのやりとりを聞いていた。
 そして、操舵席の五十嵐を追い出して久しぶりに舵をとる。橘は傍に立っている五十嵐を見上げてニヤリと笑った。
 沢口がブリッヂを出て行って、西奈が指揮を執る。
「ディセンバー、敵艦に向けて前進。射程距離に入り次第砲撃を開始する」
「了解」
 橘はディセンバーの推進力を上げで艦体を前進させた。
「いいか、よく見ておけよ。戦のときの操舵がそのパイロットの真価を問う。俺たちは戦争屋なんだ。そこんところを存分に見せてやる」
「はい」
 迫力に圧倒されて、五十嵐は茫然と橘を見つめていた。
 社会的評価と外見に魅力を感じていた。けれど今、自分の目の前で操舵席についている橘は、自分の予想をはるかに越えて存在している。パイロットスーツのままブリッヂに現れた彼は、戦場から帰艦してきたばかりである事がうかがえる。それなのに、疲れを微塵も見せずに。それどころかさらに強い気迫さえ伝わってくる。
 五十嵐は指令席を振り返った。西奈もすでにパイロットスーツのままでいながら、ヘッドセットを装着して艦隊戦の打ち合わせに入っている。
 あの、自分を威圧してきた迫力が、どこから由来するものだったのか。五十嵐は理解した。
 エリートと呼ばれる者たちは、誰よりも戦場を知っている。その恐ろしさと厳しさを知っている彼等は、なんて強さを持って輝いているのだろう。
 五十嵐はこのとき始めて、彼等に対して真の憧れを抱いた。
「小僧。レーダーを任せたい。席に着け」
 西奈がぼんやりと自分を見る五十嵐の視線に気づいて促した。
「はい!」
 歯切れの良い返事が西奈の意識を引いた。
 やけに素直になったものだと感心する。
「橘大尉。フェニックス艦隊が後方から支援してくれますから、我々は敵艦の側面から接近してこれを討ちます。回り込んで下さい」
「了解。迂回して接近する」
 ディセンバーはさらに敵艦に接近した。
「――沢口中尉。あと五分程で艦隊戦に突入します、スタンバイお願いします」
 西奈がインカムを通して沢口に依頼した。
 艦全体が緊張と高揚に包まれて活気を帯びる。
 彼等は卒業検定という当初の目的をすっかり忘れはてて戦争に没頭していった。




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あきゅろす。
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