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相応しい男
13





「西奈!それどころじゃなかったんだ!」
 息せききって西奈を捜し当てた橘がブリッヂに飛び込んで来た。
 洗いたての髪もそのままで、シャワーからあがってすぐにやって来た事がうかがえる。
「身体、冷えてしまいますよ」
 濡れたままの髪に触れて、橘の身体を気遣う西奈。そのさりげない振る舞いに、五十嵐をはじめとするブリッヂの学生たちは悔しいほどの憧れを抱いていた。
「そんな事より……航路座標がおかしい」
 真剣に訴える橘の表情が一生懸命で可愛い。西奈はこのところ、ゆとりある艦内の生活でそんな事を思える心の余裕ができていた。
「ええ。何度か強制的に修正を試みたのですが、ビクともしなかったので、システムを切り離しました」
 事情を知った西奈が橘に微笑みながら返した。
 橘は呆れて西奈を見つめた。
「そんな……」
 橘は脱力した。
 この非常時になんて色惚けしたような呑気な顔をしているんだと思う。
「──やられた。初期段階での入力ミスだったと仮定しても、修正も効かないようなプログラムに仕立てあげられたなんて、故意に入力された航路としか考えられない」
 ブリッヂに詰めていた沢口が、半ば諦めたように呟く。
 橘は狼狽した。
「こんな大きな誤差に気づかないわけがない。出発時と自動制御に切り替えたときは正常な航路を辿っているのを確認できていた。誤差はなかったんだ。それなのに……」
 橘の焦りがブリッヂ全体を緊張させる。
「もしこの数値と数式が正しいのなら、このまま前進を続けるとHEAVEN勢力圏から外れてしまう。……もう、艦は停止させたけどな」
「何のために、誰が」
 オペレーターたちは、得体の知れない恐怖にざわめきはじめた。
「大尉のおっしゃる通り、確認した時点で正常に作動していたのなら、特定の条件で稼働するようにプログラムされたウィルスかもしれない。しかも、我々の気づかないうちにディセンバーを目的地に誘導するための……」
 西奈の予測がさらに恐怖を煽る。
「こんな仕掛けを、いつ誰ができるって言うんですか?」
 オペレーターが不安になって指摘する。それを聞いた橘はある可能性を思いついた。
「ハイパードライブだ」
 ブリッヂいた全員が橘に集中した。
「本来、ディセンバーはシヴァ空域に出るはずだった。その座標を替えるウィルスを仕掛けられたとしたら……あり得ない事ではない」
 橘の予測に沢口は嫌な予感を覚えた。
 初めから仕掛けられた罠だったとすれば、ディセンバーの遭遇する先は容易に予測できる。
「全艦警戒態勢。西奈、警報を出せ。敵襲があるぞ」
 沢口は艦長席について指示を出した。
「了解」
 ふたりはヘッドセットを装着して艦の戦闘準備に入る。
 沢口はさらに橘に指示した。
「おまえはガイアスで戦闘機隊と艦の護衛に入ってくれ。……敵襲があればすぐに出撃だ」
「……わかった」
 そう応えながらも橘は戸惑っていた。ディセンバーへは航海士として乗艦していた。その自分が出撃を命じられるなど考えてもみなかった。
「あなたが一番ガイアスを上手く使えるんです。お願いします」
 釈然としなかった橘の表情を読んで、西奈が後押しする。
 けれど、それは事実だった。
「助けて下さい、大尉」
 実戦経験はなくとも、シミュレーションではここのスタッフの中では一番の成績だった。しかも、誰も実戦経験はない。自分が出撃する以外に誰が出るというのだろう。西奈のすがる視線が橘を奮いたたせた。
「任せろ。必ず守ってやる」
 西奈に歩み寄って素早くキスを盗む。そして、微笑みを残してブリッヂを後にした。
 それを目撃してしまったブリッヂの学生達の羨望の眼差しが、西奈に集中した。
 沢口は呆れていた。
 橘の頼られると嫌と言えない性格を、実によく利用する西奈には脱帽する。人目をはばからない橘の愛情モードにも感心する。だが、そんな事をこんな学生達の目の前でしなくてもいいだろうとも思う。
 学生も学生だ。橘との関係を羨ましがるより先に、戦略家としての西奈に憧れてほしかった。
 どいつもこいつもバカばっかりだ。と、沢口は自分の士気が萎えて行くのを感じていた。
 フェニックスが恋しい。というより、ふたりの熱愛振りにずっと当てられていた沢口は、杉崎が恋しくて堪らなかった。





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