相応しい男
12
管理ブースでナビゲーションシステムのプログラムと格闘していた西奈は、その頑丈な防壁に歯が立たない自分に苛立っていた。
まだ暴走こそしていないが、頑なにダミー情報を流し続けて、正確な現在位地を隠している。
時限装置でも仕掛けられているようにファイルがまた一つ削除された。
西奈は手も足も出ない状況に業を煮やす。
「西奈さん。まだ感染していないプログラムが見つかりました」
共にブースに詰めていたオペレーターのひとりが報告して来た。
ディスプレイを覗くと、パスワードさえ入力すればプログラムは変更できる。
「パスワード検索します」
オペレーターは夢中になってパスワードを捜索する。
しかし、西奈はこの状況に見覚えがある事に気付いた。
以前、早乙女が遊び半分で企業ハッカーと対決している場面を覗いた事があった。何が楽しくて正義の味方を気取っているのかと思ったが、早乙女は反対に捕まえてカウンターウイルスで叩き潰すのが面白いのだと教えてくれた。
これは、その時の手口によく似ている。
「多分バックドアだ……。これはトロイの木馬だよ。迂闊に踏むと発動する」
それは単純な手口だ。既にファイルの削除という憂き目にあっている。正常なファイルと見せかけた罠としか考えられない。
そんなものを開いてしまえば、暴走が始まっていよいよ他のシステムにまで被害が広がるだろう。
「もういい、これまでだ」
西奈はオペレーターの手を制止した。
「しかし、もう少しなんですよ」
「だめだ。これは俺たちの手に負えない。プロの仕業だ」
「え?」
オペレーターは自分の耳を疑った。自分もプロの端くれだ。それは心外な言葉だった。
「──プロの壊し屋だよ。以前にこれとそっくりなプログラムを見た事がある」
西奈はオペレーターから離れて、先ほどまで取り掛かっていた端末の前に座った。
「残念だが歯が立たない。軍のセキュリティを抜けてここまでやられたんだ。自分たちにプログラムの変更は不可能だよ」
「そんな……」
オペレーターは立ち上がって西奈を見た。
ナビゲーションシステムを諦めて、どうやってHEAVENに還るというのだろう。
周りのスタッフも不安に駆られた。
しかし、西奈はまだ諦めてはいない。
「ナビゲーションシステムを他のシステムから切り離せ。システムの再プログラムをする」
西奈は改めて方針を告げた。
「デジタルがダメならアナログで勝負だ」
西奈はスタッフたちを振り返って決意の表情を見せた。
現在位置も不明のままでいったいどうやってプログラムするのか。オペレーターはただ驚いたまま西奈を見つめていた。
「監視カメラから直接星座の情報を取り込んで入力しろ。システムの切り替えを急げ。あとは自分が検索してプログラムする」
オペレーターは西奈の指示を聞いて、その可能性に懸けた。
大昔の航海ではひとつの星とそれを囲む星座が道標となっていた。座標は精密でないにしろ、HEAVENの方向を特定するくらいは出来る。
オペレーターたちは急いで作業を開始した。
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