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相応しい男
10





「どこが分からないんだ」
 戦闘情報室の航路管理ブースに入って、端末の前に座った橘はシステムを開いて彼に尋ねた。
「はい、ここの入力がどうしても出来なくて。数式が弾かれるのです」
「どれ」
 橘は彼から航海予定表を受け取ってディスプレイと比較した。
「数式自体は間違ってはいないが……。どうしてだ」
 疑問を抱える橘は、ディスプレイに気を取られて背後の彼の存在を一瞬忘れていた。
 改めて座標を入力してみる。しかし、エラー表示が橘の指示を拒んでいた。
「変だな……」
 おかしい。そう思って検索を始めたとき、橘の手が他人の手によってその動きを抑制された。
「え?」
 一瞬なにが起こっているのか分からなかったが、重ねられた手の主を視線で追うと、思い詰めた彼と目が合った。
「五十嵐……?」
 嫌な予感がした。
「──大尉」
 彼は切なく熱い声をもらして、橘の肩を背後から抱きしめた。
「……ちょっと待て!」
 橘は席から立ち上がって、迫りくる彼の腕から逃れようとした。
「あなたが好きです」
 自分でも少しは力がついたと思っていた。だが、こんな時の男の力はなんて強いのだろう。そう感じながら橘は渾身の力で抵抗をみせた。
「はじめてあなたを見たときから、ずっとあなたに憧れていました」
 そんなセリフを聞かされて、不意に隙を見せたために抱きしめられた橘は、不覚にもそのまま抵抗の手を止めてしまった。
「あなたが僕の名を呼んでくれるなんて夢のようです」
 姿形のイメージだけではなく、声質までも似ていた事に橘は気付いた。
 西奈とはしばらく禁欲が続いている。そんなときに迫られては間が悪い。
「橘さん」
 耳元で囁かれて、不覚にもゾクゾクした快感に襲われる。
「ダメだ……」
 橘の紅潮した肌が言葉と裏腹な本心を誤解させる。彼は更に橘に迫った。
 背ける橘の顔がディスプレイに向いた。首筋にキスを受けて不埒な感覚に酔いながら、その表示に気づいた。橘は、彼から逃れるように上体を離してディスプレイをのぞき込む。
「これは……?」
 表示された座標を確認した橘は、航海士としての血が騒いだ。が、背後から与えられる快感にすぐに引き戻される。
「やめ……」
 喘ぐように漏れる声に、彼はさらに増長した。
 そのとき、彼は襟首を掴まれて乱暴に橘から引き離された。
「誰だ!ジャマを……」
 襟首を掴まれたまま、憤慨して振り返った彼が目にした者は、怒り心頭に発した西奈の凶暴な顔だった。




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あきゅろす。
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