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氷雪の陣
介入7





 杉崎とコンタクトを取った早乙女は、筒抜けの通信網を使用しての会話は避けたかったために、無理を承知で杉崎に対してアレスまでの出頭を依頼した。
 早乙女が示唆する状況を察した杉崎は、直ちに護衛艦を発進させアレスに接舷した。
「ヘルヴェルト大統領はあのとき失脚して死亡しました。ヘルヴェルトの全権を総帥が掌握した今、HEAVENにコナかけようなんて組織はヘルヴェルト残党しかないでしょう」
 アレスの艦長室に招かれた杉崎は、応接用のソファーにテーブルを挟んで早乙女と向かい合って座っていた。
「――総帥?」
「ホフマン総帥ですよ」
 早乙女はニヤリと笑った。杉崎は渋い表情で返す。
「総帥ならジェイルの駐留基地など見向きもしない。あれを攻略しようなどという輩は、ベースを持たない少数勢力です」
「ベースと……あとのメリットは何だ」
 自分でも敵の予測はついている。だが、杉崎はあえて早乙女に尋ねた。
「う…ん。……大統領はあのときエレメンツ115を欲しがっていた。クロイツの情報源を利用しての資源資材の横領と、クロイツからのエレメンツ115の獲得かぁ……。ヘルヴェルト軍の存続と要塞の動力源とすれば」
「何が出る?」
「――ビンゴだ。ジェイルには、実はエレメンツ115の鉱山がある」
 早乙女の閃きに杉崎は驚いた。
「なんでそんなコトをおまえが知っている」
「いろいろと情報源がありますからね。最近ネットにハマッてるんですよ」
 満足そうに笑う早乙女を、杉崎は困ったように見つめるだけだった。
「あれは結構な規模ですが、軍が独占している。百年前のジェイル線戦も実はあのレアメタルが目的だった」
 それは、一介の艦長職についている人間が知るには危険な情報だ。
「エレメンツ115の反応炉(リアクター)はブラックボックスです。だからごく一部の技師しか扱えないことになっている。トラブル発生時はまるごと交換が原則でしょう?」
 何かを企んでいるような瞳の輝き。嬉しそうに語る早乙女の表情は、杉崎にはずるがしこい子供のように映る。
「――ですが、めったなことでは交換の必要がない。リアクターの電力さえ半永久的ならば……これくらいのエレメンツ115でフェニックス級の空母がどれだけの期間航海できると思います?」
 早乙女は、ユニフォームの内ポケットから煙草のボックスを取り出して、杉崎に尋ねた。
「え?」
「戦闘さえなければ1年はもつ。ビームなどのエネルギーもこれで得ているので、戦闘になると消耗が早いんですが……」
 自分すらも知らないブラックボックスの情報まで得ている存在と知って、杉崎は戦慄した。これが再びクロイツの将校として復帰したなら、恐ろしい相手となるだろう。そんな懸念まで抱かずにはいられない。
「今のところ、ヘルヴェルト本星にエレメンツ115が確認されています。そこは今やヘルヴェルト軍にとっては不可侵な場所ですから、ジェイルの進攻に踏み切ったんでしょう。あれから六年経っています。そろそろエネルギー切れが近いのでしょうね」
「慎吾。……おまえ、どうやってそんな情報を仕入れるんだ?」
 こんな極秘情報を引き出している早乙女の存在を諜報部が知ったら、必ずなんらかの手立てをとって口封じにやってくるに違いない。
「クロイツのインテリのおねぇさま方からいろいろと教わりました。コンピューター犯罪のノウハウは完璧にマスターさせていただきましたよ」
 ナンパ師の名は伊達ではなかった。だが、そんな呑気にかまえてはいられない。杉崎は早乙女の身を案じる。
「そんな事を軽々しく口にするな。極秘情報をおまえが握っていると知られたら……」
「だから、あなただけに話したのです。誰にも言わない。あなた以外には決して口外したりしません」
 早乙女の視線が真剣な眼差しに変わる。自分の身が危うくなろうとも、杉崎の役に立ちたいという想いが伝わってくる。
「今の自分が在るのは、あなたのおかげです。あなたがいてくれたから、自分はこうやってここにいる。あなたが僕を許して受け入れてくれたから……僕は」
 思わず素顔に戻った早乙女が、杉崎に切ない視線を向けてきた。
「止せ。……許すとか許さないとか、そんな問題じゃないだろう。あれは不幸な事故だった」
 こんな縋るような顔をされてはたまらない。杉崎は早乙女の感情に押される。
「それより、俺にもそんな情報を軽々しく伝えるな。ふたりきりだと思っていても、誰かが覗いているなんてコトは往々にしてあるんだ。ジェイルに永住したくはないだろう」
 困っているような、それでいて包みこむような優しさをたたえた表情で返してくる杉崎を、早乙女は陶然と見つめていた。




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