氷雪の陣 奪回9 心から労をねぎらったはずなのに、この恨みがましい自分を責めるような表情は一体なんなのだと予想外過ぎて対応できない。まるで、別れを告げたときの女のようで、一条のなかの過去の苦い記憶がよみがえってきた。 しかし、命乞いをして取り乱すことなく、一条の無事だけを願った陽本の在り方が、哀れなほど純粋で愛おしい。 (――艶っぽいカオしてまぁ……。ホンマ、犯罪やの) 困惑しながらもその頬の涙を指で拭う。すると、触れた指に、陽本から頬をすり寄せてきた。そんな甘えた仕草に一条の心臓が一際大きく跳ねた。 (俺は……なにしとんねん) 自分の行為と陽本の行動で我に返った。顔が急に熱くなって自分が崩壊してしまいそうな恐慌を覚える。 陽本が、ためらいがちに反応をうかがいながら肩口に顔を埋めてきた。黙って受け入れる一条に、胸を合わせるように抱き着いてきた彼は、一条の尋常ではない胸の鼓動に気付いて、いささか驚いたように身体を離して一条を見つめた。 情けなくもきまりが悪い表情を見せたくはない。けれど、赤くなった顔は隠しようもなくて、潤んだ瞳で見つめ返す陽本まで赤くなる。その陽本の視線に更に煽られて、自分の意志ではどうにもならない身体の反応が一条を動揺させた。 ガーディアンの飛行高度が下がっていた。 困惑したままの一条は、それでも陽本から視線を外せない。まるでヘビに睨まれたカエルのようで、事実、心情的に襲われているのは一条のほうだ。 こんな誘惑には抗えない。 (だいたいコイツは野郎のくせに。……なんでこないエッチなカオしてんねや) さんざん戦場で興奮しきった精神状態で。生きて再会できた歓びが上乗せされたうえ。こんなに艶っぽい顔で誘われてはたまらない。 しかも、一度でもそんな関係を持った相手となれば、今の陽本は一条にとっての据え膳そのものだ。 けれど、陽本にとっても条件は同じだ。 陽本は、両腕を伸ばして一条のうなじに抱きついた。 吐息が唇を濡らすほど近づいてくる。 そっと触れて、その感触を知ってから、ためらうように一瞬離れた。 一条のなけなしの理性がそこで崩れた。 誘いながら逃げる唇を、追うように迎え入れて、そのぬくもりを確かめる。 柔らかな熱い感触が、さらに情を煽って。操縦桿を握ったまま陽本に主導権を握られた一条は、与えられる柔らかな舌の感触を丹念に味わった。 やがて、ガーディアンはゆっくりと雪原の吹雪のベールのなかに紛れていった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |