僕の痛みを君は知らない
4
「――これは聖から」
もうひとつ包みが渡された。おれの顔が熱くなっているのに気づいて、彼は意味深に笑っている。
「聖が?」
「ツアー先から送って来た。本当は一緒に祝いたかった、って。悔しがっていたぞ」
おれのもうひとりの恋人。
アーティストでツアー三昧の日々では、なかなか逢う機会がない。
それでも、こんなふうに気にかけてくれているなんて、どうでもいい存在じゃなかったらしい。
前言撤回。
包みを開けるとカードが添えられていた。
箱の中身は銀色に輝く指輪。
カードには『ペアリングだからいつも身につけているように』とのお言葉。
「どれ……」
彼はリングを手にとって、おれの左手を引き寄せた。
黙ってされるままになっていると、おれの薬指にそれを通した。
エンゲージリングにしてはカジュアルすぎる。
「なに?聖と結婚しろってコト?」
おれは左手をかざしてリングを見つめた。
彼がこんな事をしてくるなんて、なんとなくおかしくて笑ってしまう。
「いや。これは俺がしたんだから、今夜は俺の花嫁になって欲しいな」
また抱き寄せられて、ついに本気の体勢に入ったかと思う。
映画も食事もすっとばしていきなりソレか?と驚いていたら、キスで唇が塞がれた。
舌先で触れて、おれの舌をもてあそぶ。
だめだって、そこも感じるんだから。
「……待って黒木さん。僕はまだシャワーも浴びてない」
なんとか逃れたものの、彼のおれを抱きしめる手は緩まない。
「貴史の旨みはなかなかいいよ」
「いや、ダシじゃないんだから!」
今日こそ、それだけのデートで済ませたくない。おれの誕生日ならなおさらだ。
だけど、予想に反して彼はあっさり引き下がった。
「そうだな。まずは風呂にでもはいるか」
なんとなく拍子抜けする。
あの勢いなら、そのままベットへ行きかねなかった。
彼はおれを放すと、バスルームに入っていった。
ほっとしたのが半分。なんとなく後がありそうな予感が半分。
バスタブに湯を張る水音がする。今日は少しはゆっくりできそうだ。
大体、シャワーは基地で済ませて出て来るから、彼とはいつもベッドへ直行のパターンだった。
聖と逢うときは、もっとゆっくりいろんな事を話して、パブで食事したり、ライブに出掛けたりと、けっこうあちこちに出向いて楽しんでいる。
ふたりでいても、あまりセックスの部分を意識しないで、ふつうの男友達みたいな感覚でいることが多い。そういう付き合い方ができるなんて思ってもみなかったから、それがすごく嬉しい。
おれよりもずっと高い立場にいる人で、だからそこが少し引っ掛かるけど。ユニフォームを脱いでしまえば、聖はやっぱり聖だし。おれにそういう部分を意識させないでいてくれるのも、彼の気遣いなんだろうと思う。それがやっぱり嬉しい。
黒木さんは、聖とはまったく違う。
一緒にいるとメチャクチャ意識してしまう。
いつも穏やかで優しい。
強引に感じる事はあっても、それはリードしてくれてるって意味なんだろうし。いつも包み込むように抱きしめられて、守られてるって感じがする。
愛されてるのが分かる。
逢うときはいつも大切にされていると感じるけれど、妙にドキドキして落ち着かない。
そのふたりの差って、いったいなんなんだろう。
目線の高さの違いなのかな。
聖は同等に付き合ってくれるけど、黒木さんはおれを、いわゆる『愛欲に溺れ』させて楽しんでいるかのようだ。
やっぱりいつかは犯られちゃうのかなあ……。
夏にそんな事が一度だけあったけど、どうしてもできなかった。
ガチガチに緊張したおれが悪いんだけど。
それからもインサートなしの関係が続いてる。
ずっとこのままじゃだめなのかなぁ。
だめなんだろうなぁ多分。
「貴史」
バスルームから彼が呼ぶ。
呼ばれるままそこへ行くと、おれは彼に捕まってしまった。
すでにすっかり服を脱ぎ捨てていた彼は、おれのセーターを剥ぎ取って抱きしめた。
「ちょっ、黒木さん」
ささやかな抵抗。しかしベルトはすぐに外されて、彼の手がズボンの中に侵入してきた。
「一緒に入ろう」
尻を撫でながらキスひとつ。
そういうことは脱がせる前に言ってくれよ。
「わかった、放して。服、脱ぐから」
首から襟元にかけてキスをもらって、おれ自身もまずい状態になりそうな予感がする。
ああ……。今日もゆっくりできないのかな。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!