僕の痛みを君は知らない
31
情熱的なキスで言葉さえ塞がれて、おれはシーツの上に押し倒された。
「聖、苦しい」
「――もう、遠慮しないぞオレは」
切羽詰まったような表情が痛々しい。
分からないわけがない。気まずいままだったおれが、急に聖に許しを請う。それは、おれが黒木さんから聖の想いを聞いたからに外ならない。
二日間の外泊と、どちらでも構わないようなおれの言葉は、おれが黒木さんに許した事を暗に示している。
順番だなんて言っていたくせに、本当はそんな事を許したくはなかったんだろう。
聖。君の手が震えてるよ。
どうしたの?いつもみたいに、おれを抱いてよ。
「聖。君はこだわる?……僕が初めてじゃないってコトに」
「悔しいよ」
聖はおれを強く抱きしめた。
あんなふうに言っていながら、本当はそうならない事を願っていた。きっとそうなんだね。
「僕は、ふたりのあいだに順番なんてつけていなかったし、ふたりを同じに考えていたわけじゃない。違う愛し方で、違う付き合いをしていた。今回のことだって、たまたま黒木さんのほうが強引だっただけだ」
彼の頬を両手で包んでキスを贈った。
「君も誤解しているよ。どっちのほうが好きだとか……そういうんじゃないんだ。君と彼は違うから、比べるなんてできないだろ」
そんなことは分かっている。でも、感情がそれを許さない。
そう言いたげな聖の視線が痛い。
「抱いてよ。君の愛し方で。……僕はまだ愛され方を知らないから、君が教えてよ」
そう。それは本当のことだ。
黒木さんは征服するようにおれを抱いた。おれは彼の言いなりだった。
それも悪くはないけど、君とはそんなふうにしたくない。
「聖」
おれから求める時がくるなんて、思ってもみなかった。
聖はおれを抱きしめて、おれの許しをためらいがちに訊いてきた。
「本当にいいの?」
そんなふうに聞かないでよ。なんだか照れくさいだろ。
「して欲しいって言ってる時にしてくれないなら、もう二度と言わない」
半分脅しだ。
聖はまだ迷ったまま、おれのシャツのボタンを外して肌に触れた。
出会ってすぐに君を抱いたのもこのベッドだった。
今まで何度もこうやって抱き合ってきたはずなのに、なんだか初めてみたいでドキドキするね。
低い気温で冷えたシーツのなかでは、暖かい人肌に触れたくなる。
ベッドのなかにもぐりこんで、全身をぴったりと合わせてキスを交わす。
互いの愛撫が互いを昂めあって、身体が徐々に熱くなる。その熱で毛布のなかにいるのが辛くなってきた。
黒木さんが開いたそこはまだ柔らかいはずで、聖の指がそっと触れてきた。
たぶん、感触がぜんぜん違っているんだろうな。
「痛い?」
「大丈夫だよ」
ジェルを使って少しだけ馴染ませて、指二本までは抵抗が無い事が分かった。
三本はさすがにきつくて、ジェルが沁みたのもあってか少しだけヒリヒリしたけれど。それでもすぐにでも聖を受け入れられそうなほどで。
体中に贈られるキスに煽られて、すぐに発情させられたおれは、自分から聖に挿れて欲しいとねだっていた。
聖はジェルコートをつけてから、おれの身体を割って入ってきた。
それはさすがに抵抗があったけど、ゆっくりとおれの顔を窺いながら入ってくる聖は優しくて、苦痛はほとんど感じなかった。
全てを埋めてから、聖は深く息をついてふたたびおれを抱きしめた。
おれの頬や額にキスをして、なんだか結ばれた実感をかみしめているようだ。
幸せにひたっているって表情が緩みっ放しで締まりがない。
「――愛してるよ、タカ」
そう言ってから本当に恥ずかしそうに赤面する。
テレるなら言うなよ、そんなコト。
天下の武藤聖が、こんなことで戸惑ったりするなんて、なんだかおかしいよ。
「君が恋しかった。好きで好きでどうしようもなくて……。初めて会ったときは、わけがわからないほど衝撃を受けたんだ。あのとき声をかけなければ、一生後悔すると思った。姿も仕草もキレイで、君の話す言葉のひとつひとつも、髪の毛の一本一本まで、オレはその瞬間から君に恋していた」
こんな告白は心臓に悪い。
感情をわしづかみされたようだ。
胸とまぶたが熱くなってくる。
「聖……」
そんなコトを聞かされたら、おれは平気じゃいられない。
「本当は君をずっと傍においておきたい。オレを残して行かないように、翼をもぎとって二度と飛べなくしてやりたくなる」
ああ……。
やっぱり君は愛の重たい男なんだね。
捕まってしまったら、本当に閉じ込められかねない。
司令部への転属も、そういう意味だったんだ。
おれはてっきり、早く昇進して自分にふさわしい男になれと言っているのかと思っていた。
勘違いもはなはだしい。聖にとってはそんな体裁なんて関係なかったんだね。
でも、今空を飛ぶのを止めてしまったら、おれはおれでなくなる。おれは自分の価値を、パイロットとしての自分に求めているから。
「いつか、翼を休める時がくる。そのときまで待っていて……聖。そのときは、必ず君の傍に降りてくるから」
聖の指がおれの頬に優しく触れる。
彼の深い想いが、おれを見つめる視線にこめられていた。
「……でも、どこにいても君を愛してる。君を忘れたりはしない」
黒木さんに抱かれていてさえも、君のことを忘れてはいなかった。
こればかりはどうしようもない。おれは、ふたりとも愛しているから。
聖は、聖の優しさでおれを包んでくれた。
与えられる心地よさは、愛されていることの安心感をもたらしてくれる。
聖の愛撫は、焦れったいほどゆっくりとおれを昇りつめさせて。身体の熱がそのまま長く続いて、もう少しでいけそうなところで、いきそうになるおれをやんわりと引き戻す。その焦れったさに翻弄されて、おれはもうおかしくなってしまいそうで聖に懇願した。
「お願い。もう勘弁して……。イかせてよ」
熱で朦朧としたおれがねだると、聖は穏やかに笑ってみせた。
「オレの愛し方を知りたいんだろ?オレの気持ちを甘く見ていた君に、ちゃんと分かるようにおしおきしてあげる。……もっと気持ち良くしてあげるよ」
小型の肉食獣は、獲物を弄んですぐに息の根を止めないことが多い。大型肉食獣は一撃なのに……。
ああ……。おれはかわいそうなガゼルの心境だ。
――スタミナあるよなぁ。
しかもただ長いだけじゃない。
絶頂の一つ手前のレベルのままで長時間弄ばれると、こっちの気力も体力ももたなくなる。
体力の限界と理性の限界で、熱に浮かされたまま次第に羞恥心も何もかもがどうでもよくなって、おれはがらにもない声を出して聖に甘えていた。
やがて、聖の攻めが激しくなった。おれは聖にすがって、導かれるまま焦がれていた快楽の絶頂を迎えた。
ふたりがほとんど同時に達った。
その満足感は例えようもない。
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