僕の痛みを君は知らない
30
二日後の夜、おれは黒木さんの屋敷から聖の部屋へ戻ってきた。
聖は既に部屋にいて、照明を柔らかくおとした室内でパソコン相手に仕事中だった。
洗いざらしの髪も、ラフな服装も初めて見る。つま先に室内ばきのスニーカーを引っかけて、ブラブラと弄びながら何かを思いめぐらしている。
素の聖だ。
一緒に暮らしていると、こんな一面にも出会えるんだな。
「ただいま……聖」
開け放たれたドアをあらためてノックした。
それまで、画面に集中していた聖は、ノックでやっとおれの存在に気付いた。
「いい?」
振り向いた聖に、帰りがけに買って来たジーマのボトルを見せて入室許可をねだる。
聖は笑顔で応えてくれて、ボトルを渡すおれに手を伸ばした。
部屋に入ってボトルをわたすと、画面に向かったままキャップを外して口をつけた。
「なにやってたの?」
画面をのぞき込む。
「お仕事」
だけど、画面にある文章は軍に関係しているとは思えない。
これは歌詩だな。
「作詞?」
「うん」
ジーマをのどに流し込んで、キーボードを叩く。
作詞も作曲も担当する聖は、いつどこでそんな作業をしているのか不思議だった。こういう時間を惜しんで、曲づくりをしていたわけか。
好きでやっている事とはいえ、中途半端ではすぐにトップの座を奪われる。先頭を走り続けるって、結構大変だよね。
おれは、聖の肩に背中から抱き着いた。
「――なに?」
まえぶれもないおれの行動に作業を中断されて、聖は戸惑いを見せて尋ねてきた。
意味なんてない。ただ、聖を抱きしめたかった。
「さし入れありがとう」
「え?」
「なに?内緒だったの?」
困ったような、恥ずかしそうな複雑な表情をする。
「美味かったよ」
「そう、良かった」
穏やかに目を伏せて笑みを浮かべる。
こういうときの聖は、やっぱり年上かな…って思わせられる。
実際は見かけとは違ってけっこう落ち着いていて。
大成している男の余裕ってトコかな。
ま、たまには暴れることがあるみたいだけど……。
「僕は、聖に謝りたい。ひどい事……言った」
「なんのコト?」
「僕の気持ち、分かってくれていないだなんて……。分かっていないのは僕のほうだった。勝手に思い違いをして、ふたりに嫉妬していたんだ」
聖は抱きつくおれに頬を寄せて、そっとおれの髪を撫でた。
「ごめん……。僕が、そんなコトを言える立場じゃなかった」
おれの思い直しを知って、聖はまた穏やかに笑った。
「許してくれる?」
「……どうしようかな」
あ……。簡単にコトが済まない雰囲気。
「いつもその甘い言葉と可愛い顔にダマされる。オレって道化役だよな」
「そんなコトないよ」
おれは聖から離れた。
「そお?」
「ダマしてるわけじゃないだろ」
「でも、甘えたがりだよね」
今日はずいぶん手ごわい。
「そしてなあなあでセックスになだれ込むんだよな」
パターン化していると言いたいわけか。
「ホント、ズルいよ……君は」
ため息をついておれを見上げる。
そして、困惑していたその顔は苦笑いに変わった。
「どんなコトがあっても、許してやりたくなるんだ。憎らしいほどね」
聖。
嬉しい。
おれは見上げてくる聖の唇をそっと塞いだ。
「……欲しい」
おれの囁きで、聖がクスクスと笑った。
やっぱりこのパターンかと言いたげな表情が、少しだけ呆れている。
「ダメ?」
「……なわけないだろう。タカの誘いは断れないよ」
そうやっておれを甘やかすから。聖のそんな優しいところが大好き。
――だけど、どうしよう。
実は、今夜のおれは体力に自信がない。
黒木さんのところでさんざん消耗したからなぁ。
待てよ。おれの体力がないのならおれが抱かれるってのもありで。
いや、そんなことは。……まだ少し辛いし。
「どうした?」
「あ……いや、タチがいいか受けがいいか悩んでた」
聖は椅子を弾くように立ち上がった。
驚きの表情だ。
それが、どんな類いの驚きなのか、おれにはつかめなかったけど、聖はすぐに意を決したように、おれの腕をつかんでベッドへ連行した。
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