[携帯モード] [URL送信]

僕の痛みを君は知らない
3





 案内されたのは国内でも有名なホテルだった。
 決して華美ではない質のいい落ち着いた内装と調度品はさすがだ。彼とともに来ることがなければ、おれには到底縁のない場所だと思う。
 しかも最上階のスイートときた。おれは呆れた。
「僕は女の子じゃないんだから、こんな部屋とらなくたっていいのに」
 コートを脱いでクローゼットにしまい込む彼は、そんなおれのつぶやきを聞いて失笑した。そして、まだ部屋の真ん中でダウンジャケットを着たままのおれに近寄って来た。
「女の子だろうが、男の子だろうが関係ない。今日は貴史にとって大切な日だろう」
 そう言って、まずサングラスが取り上げられた。
「何が?」
 なにか良からぬことを企んでいるのではないだろうか。少しだけひるんだおれのジャケットを脱がして、椅子の背もたれに放ってから、彼はおれの腰を抱き寄せた。そして耳元でささやく。
「誕生日おめでとう」
 甘い低音が刺激を呼んで、ゾクゾクとした快感が背中から腰にかけて走り抜けて行った。
 誕生日?
 そうだ、今日は確かにおれの誕生日だった。
 けれど、いつも世間をにぎわす大きなイベントにかき消されて、今まであまり意識したことはなかった。そうでなければいつも戦場で、誕生日どころじゃなかったっけな。
 全くおめでたくないおれの日常は、そんなささやかな祝い事まで呑み込んでしまっていたらしい。
 彼はスーツの内ポケットから、小さな包みを取り出しておれに差し出した。
「なに?」
「プレゼント」
「え?ホント?」
 単純だと笑われそうだけど、こんなふうに他人からプレゼントをもらうなんて初めてだったから、その中身がなんであれすごく嬉しい。
「開けていい?」
 尋ねるおれを笑顔で見つめながら頷いて応える。
 おれは、こどものようにワクワクしながら、包みをほどいて中の箱を開けた。
 そこには、キラキラと輝く宝石がふたつ並んでいた。
「ピアス?」
 この輝きはどこかでお目にかかったことがある。
 そうだ、慎吾がつけていたダイヤのピアス。
 でも、これはうっすらと淡い桜色をしている。それがあまりにもきれいで、触れることができなかった。
「気に入ったか?」
 ピアスを見つめるおれに、彼が満足そうに微笑んだ。
 カッコイイ。
 こんな高価なものをプレゼントしておいて。重さを感じさせないその態度。
 別に高価なものをもらったからってわけじゃないけど、さらりとそんなコトをしてもらえるおれって、やっぱり幸せなのかな。
「ありがとう。嬉しい」
「つけて見せてくれないか?」
「うん」
 それまでつけていたピアスをはずして、新しい桜色のピアスを耳に通す。
 粒が大きくて、なんとなく重い。
「これ、なに?」
「ピンクダイヤだ」
「どうしてピンク?」
「貴史の陶器のような白い肌に、よく映えると思ってね」
 はあっ!?
 よくそんなセリフを臆面もなく言えるよ。聞かされるこっちが恥ずかしい。
「似合うよ」
 ふたたび耳元でささやかれて、こんどは首筋へのキスのおまけつきだ。おれは腰が抜けそうになった。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!