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僕の痛みを君は知らない
28





 嘘つき。
 話をするって言ったじゃないか。
 どうして部屋に帰るなりベッドに押し込むんだよ。
 執事が用意したワインがあるんだから、少しくらい飲ませろよ。
 ああ。でも、スキをつくったおれもバカだったよな。
 広い浴室ですっかりリラックスしすぎて、酔った身体にさらに酔いをまわしてしまった。
 どうりで風呂で手を出してこないはずだよ。こうなることを見越していたな。
 もう、どうでもいいや。
 おれも彼と寝たいのは確かだし、やるべきときにやっておかないと、いつまた邪魔されるか分からないものなあ。久しぶりで、欲求不満ぎみだったんだよ。
 ……って。え?
 それ、なんか変なものつけてない?おれのそんなトコに何して……。
「貴史」
 覆いかぶさってきた彼が、おれの脚を割って来る。
 顔から肩までキスをもらって夢心地のおれは、酔いも手伝って彼の手中に落ちていった。
「愛してるよ」
 ああ……。
 おれ、この一年ですっかり調教されてしまった。バックを愛撫されて快感を覚えるようになったんだから、悔しいほど開発されてしまったよな。
 聖が言ってたとおり、気持ちいいんだよソコも。
 ホント気持ちい……く…なっ。い…ってぇぇぇ――っっ!!
 声も出ないってこの事だ。痛すぎて涙が滲んでくる。
 何だよ一体!?
 なに入れてるんだよっっ!?
「貴史。……緊張するな。傷ついてしまうから」
 ……って冗談じゃない!
 ひとに断りもなくインサートするなっつーのぉぉぉ!!
「息を止めるな。ゆっくり呼吸してみろ。大丈夫だから」
 嘘だ! もう、ホントにシャレになんねーほど痛ぇ。
 不意に涙が零れた。
 藁にもすがる思いで彼の指示に従う。こんな状態から逃れられないなら、せめて痛みからは逃れたい。
「黒、木…さん」
 もうすっかり涙声になってる。情けないおれ。
「済まない貴史。だが、もうこれ以上は待てなかった。俺はおまえを抱きたい。おまえのすべてが欲しい」
 さらに奥まで貫かれる。強い圧迫で、内臓全部が押されて、何もかも吐き出してしまいそうだ。
 まだ全部入ってなかったなんて嘘だろう。
「俺の気持ちを知らないでいたのはおまえのほうだ。俺はいつもこうしたくて、おまえを独占したかった」
「あ……っ」
 彼の動きがさらに刺激を呼ぶ。なんだろう、強烈に出したいというか出てしまいそうな。こんなすごい感覚は初めてだ。力を抜いたら確かに痛みは無くなった。だけど、別の緊張がおれを襲う。
「――いい年をした男が、かっこ悪くて言えるか……。俺を捨てないでくれなんて、言えるわけないだろう」
 うそ……。
「捨てられるのは、おれのほうだったんじゃないの?足手まといで、あなたに迷惑をかける……おれのほうだったんじゃ」
「こんなに愛しているのに?」
 彼がおれにくちづけを贈ってきた。
 貪るようなキス。こんな情熱が彼の中にあったなんて信じられない。
 貴方はいつも大人の余裕で、おれを小手先であしらっていたじゃないか。
「でも、聖には及ばない。貴方と聖の絆にはかなわない。ずっと一緒に生き続けて来た絆にはかなわないでしょう」
 なんだかまたブッ飛んでる。
 酔いと興奮でおれの思考回路も理性もイッちゃってるよ。
「貴史。おまえはやっぱり勘違いしている。俺の恋人はおまえだけだし、聖の恋人もおまえだけだ。俺たちはおまえを挟んでの関係でしかない。まるで俺たちが夫婦みたいだとでも思っているようだが、そういう関係だったのは随分昔の事で、今は互いに干渉しあう事はない」
「だって……。好きなんでしょう?」
「それは否定しないが、奴を独占しようとは思わない」
 ああ……。その感じ方、なんとなく分かるような気がする。
「俺と聖は互いに嫉妬している。特に聖は俺に遠慮して、おまえとの関係を一歩引いているところがある。分かるか?そんな気持ちを推し量った事があるか?」
 考えた事もなかった。
 今までおれがふたりの関係のおまけだと思っていた。
「おれが……オプションじゃなくて、メインだったってコト?」
「そうだ。俺たちはおまえを介して再会しただけだ。おまえが考えていた関係と現実は違う」
「う……」
 絶え間なく繰り返される刺激は、おれの下半身を疼かせて、狂ってしまいそうなほどの焦燥感に駆られる。
 押し寄せる快感に歯止めがきかない。
 そんな辛さに耐えていたら、黒木さんの動きが止まった。
「俺たちを手玉にとっているとは思わないがな、せめてそんな風に俺たちの想いを軽く見るのは止めてくれ」
 ああ……。やっぱり、どうでもいい存在じゃなかった。大切にされすぎて、おれには分からなかっただけなんだ。きっと、聖が彼に相談したんだろう。おれとの間がこんなふうに気まずくなっているって。
 ごめん、聖。一方的なおれの思い違いなのに、あんなふうに言われたら気分悪くするのは当たり前だよね。
「黒木さん……。おれ、貴方が好きで、こんなふうに好きな人といるのは初めてで、どうしていいか分からないんだ。本当はもっと互いのこと分かりあって当然だなんて思ったりもしたけど……」
 ああ、どうしよう。だめだ、何もかも止まらない。
 動きが止まっても、下腹部全体を圧迫できるだけの質量でおれの中から支配する。
 欲しくて、達きたくてたまらない。
 けど、今は大切な事を伝えなければならなくて、焦れったくておかしくなりそう。
 挿入っているだけでじわりと汗が出てくる。身体が熱くなっているんだって自覚した。
「……そんな事は、取るに足らないってコトが、やっと分かった。……事情を詮索するより、気持ち…分かり合うのが先だって……やっと分かった」
 そう。そんな基本的なトコロがおれには分からなかった。『恋人』という形に囚われて、もっと純粋な気持ちを忘れていた。
「だから……おれが貴方を好きで、あなたもおれを愛してくれているのなら、それだけでいいって、今ならそう思えるんだ」
「――貴史」
 ふたたび贈られるキスは、その熱さで息もできないほどで。身体の奥深くに容赦なく与えられる快楽は、おれの残りの理性を根こそぎ奪い去った。
 身体が熱い。息が苦しい。
 なのに、信じられないくらいの甘い声で黒木さんを呼ぶ。
 まるで、奈落に堕ちて行くように意識が頼りなく揺らいで。乱れて、絡んで、何度もねだって。おれの身体は、まるで一気に開花したように彼を求めて離さなかった。
 嘘みたいだ。
 おれのそこからは、あふれだすように体液が洩れ続けているのが分かった。
 おれの身体なのに全くおれの自由にならない。
 中から押し上げられているだけで快感を掴んで達する事が出来るなんて。知っているようで本当は何も知らなかったんだ。
 愛欲に溺れるのも悪くはない。愛している彼が相手ならなおさらだろう。
 なにもかも任せて、ただ無心に彼を求めている。こんな快感を知ってしまえば、今までの行為は何だったんだろうって気がしてくる。
 でも、誰とでもこんなコトをしたいとは思わない。
 たぶん貴方たちだけだよ。
 こんなふうに自分を見せるの、貴方たちだけだと思うよ。
「貴史」
 不意に切なさを見せる黒木さんの顔が近付いて、乱れるおれにキスをして許しを請う。
「十分に準備はしてきたつもりだが、初めてでは少し辛いかも知れない。……許してくれ」
「……え?…っあ!」
 太いものが奥から引き抜かれて、おれの全身がざわついた。
 身体ごと心まで持って行かれそうな体感が襲う。
 そして、再びおれを押し拓いて捻じ込んで。抽挿とともに例えようのない苦楽でおれを拐った。
「あ……ぁ、ん…やぁあ!あん……ん…いぃっ!」
「貴史。……貴史っ!! 」
 おれの腰を片手で掴んで、中で暴れる彼の凶器がおれの抵抗を許さない。
 苦しい。
 苦しいのに、どうしてこんなに興奮する?
 彼は、手を握って安心をくれる。
 その一方では乳首を強く吸って、おれの付け根に痛いくらいの疼きを呼んで狂わせる。
「い…い…っ!うぅ……っ!」
「愛している。貴史……愛してる」
 キスが、喉を伝って唇へとたどり着いた。
 こんなおれ、信じられない。
 何を叫んでいるかなんて今はもうどうでもよくて。
 気持ち良くて、興奮して、ぶっ飛んで。
 全身がビクビクと反応するたびに、腹の上が温かくなって。ずっと精液を垂れ流し続けてるんだって分かった。
 こんなに出るものなのかと驚きながら、もう何が何だか分からなくて、快感が苦痛になってきていた。
「やあぁっ!い…っ!…もぉ、……許…し、てぇっ!」
「――貴史」
 最後に聞いたのは、優しくおれを呼ぶ声。
 なのに次の瞬間、機関銃で撃たれたような衝撃と強烈な射精感に襲われて。全身を何か得体の知れない痺れが駆け抜けていった。
「あぁ…やあっ、いい…!いぃっ、い、く…ッ!…イィィッ!クウゥ……ッ!」
 まだこんなにも強い快感が待っていたなんて。
 ……死ぬかも。って心の隅で感じてた。




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