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僕の痛みを君は知らない
26





「前はそうじゃなかったのになあ。……ま、おまえにとっての世界が広がったってコトで、いい傾向なのかな」
 突然何を言うんだこの人は。
「おまえ、けっこう惚れっぽいよね? しかもデキるヤツに弱いだろう」
 そんな笑顔で恐ろしいコトを指摘しないでください。
「いままで交際範囲が極端に狭かったから気付かなかったけどな」
「へえ、そうなの。じゃあ俺たち両想いってヤツか?」
 あっはっはっ……と先生が上機嫌に笑う。
 ええっっ?
 先生って、おれのこと好きだったんですか?
 嬉しい。
「却下! それ却下だぞ! そういう横恋慕は許さないからね僕は」
 慎吾があわてて割り込んできた。
「だってなぁ。俺、コイツに愛情もってるからなぁ」
 先生は笑いながら爆弾を落とす。
 うそだろ。
「いいな野村。俺もあやかりたいくらいだ」
 艦長まで何言ってんですか。
「あなたが言うとシャレになりませんよ。艦長」
 え? 艦長って先生と?
 えっ?
「まあまあ、新年のめでたい席で、そんな野暮なハナシはやめましょうや」
「おまえが火をつけたんだぞ、立川」
 一見爽やかにさらりと流してはいるが、実はドロドロとした話題を提供したのは立川さんだった。
 だが、彼は我関せずという風体で酒をちびちび楽しんでいる。
「……とにかくだ」
 立川さんは悪びれることなく仕切り直した。
「感情を隠して人を寄せ付けないでいたのは、実は自信のなさの裏返しだったろ?」
 なんでそんなコトが分かるんですか?
 赤い顔から血の気が引いた。
「ああ。それは自分もそう思います。野村は人間関係で傷つくのを人一倍恐れていましたから」
 慎吾。おまえ、知ったふうな口利くなよ。
 立川さんは、慎吾の指摘を的確だと言わんばかりに微笑みで返した。
「そんなおまえにやっと恋人ができたんだ。地上最強のふたりがおまえの傍にいるって事は、おまえにはそれだけの価値があるって事だろうし、もうそろそろ自分に自信を持っていいんじゃないか?……そんな身近に最高の目標が揃っているんなら、人生退屈しないで済みそうだしな」
 おれのこと、ちゃんと見ていてくれたんですね。
 そんなふうに優しく笑顔を向けられたら。……おれ、嬉しくって何も返せない。
「――そうだな。まがりなりにもフェニックスの戦闘機隊でトップを張っている男だ。自覚してくれなければおまえを推している俺が困る。プライドを持てよ、中尉」
 艦長まで。そんなふうに見ていてくれたなんて。
「ああ……そういえば、自分は隊長の経験がないなあ。戦闘機隊隊長なんて、戦場の花形じゃないですか。……いいなあ」
 慎吾がふとつぶやく。
 すると、三人の顔役たちの表情が、突然邪まな色を帯びた。
 なんだ?
「おまえは、あっちでやってきたろ」
「ああ、そんなに隊長やりたいんなら、あっちへ帰れば?」
「そうだな、後の事は全て引き受けるから……」
 口々にサラリと言ってのけてからニヤリと笑う。
 いいのかあ?それは触れてはならない部分なんじゃないのか?
「どうしてそんなに冷たいんですか?野村とはずいぶん扱いが違うじゃないですか」
 慎吾が情けなく訴える。……が、顔役たちは変わらず冷たかった。
「野村はいつも一生懸命で可愛いからな。おまえだって世話になったんだろ?」
「おまえ、俺たちにさんざんコナかけたよな」
「女つくるしよ」
 彼等は口々に禁句を並べる。
「僕のトラウマを刺激しないでくれ――っっ!」
 どっぷりと落ち込む慎吾が、両耳を塞いで座卓に俯せて現実逃避を計る。
 ホント、容赦ない。
「そんなに責めるくらいなら、なんで副長に復帰させたんですか?」
「そりゃあ、おまえを信頼しているからに決まっている」
「俺に似て可愛いしな」
 また、サラリと涼しい顔で言ってのける。
 このひとたち、どこまでが本気で、どこからが冗談なんだろうか。
 これだもん。このひとたちの話しを真に受けて、とんでもない噂が広まるはずだ。まあ、外では自分たちだけに火の粉がかかるような内容らしいけど。
 慎吾、同情するよ……。
 おれは愛玩物だけど、おまえはただのオモチャだ。
 おれ、愛玩物でいいや……って気がしてきた。
「そんなコト言ってるから好みで副長決めてるって言われるんだあっっ!! 」
 慎吾がヤケクソで咬みついた。
 なんだか騒がしくなったな。ま、一軒家だし、ご近所に迷惑がかからないからいいんだろうけど。
 たぶん彼等はすっかり出来上がっているんだろうな。顔に出ないだけに恐ろしい。
 全部ホントの事に聞こえてしまう。
 この酔っ払い集団……放っておいたらどこまでエスカレートするんだろう。
 シラフでも怖いコト平気で言うからなぁ……。
 あ。この魚美味い!
 聖って、ホントにお母さんみたいだよなあ。
 家に帰ったらちゃんと謝ろう。
 たとえ聖と黒木さんの仲が一番で、おれがそのおまけだとしても。おれはふたりが好きだし、ふたりもおれを好きでいてくれるみたいだし。今は焦らないで傍に居よう。
 時期が来たら、彼等のことだって自然に知ることになるだろうから。
 それまでは、せいぜい自分の身は自分で守れるように精進しておこう。



 目標か……。
 えらく大きすぎる目標だけど、いつかはおれだってフェニックスの顔役くらいにはなってみたいよな。
 聖があれだけ言うんだ。昇級試験受けてみるか。
 うん、ホントに人生退屈しないで済みそうだ。




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あきゅろす。
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