僕の痛みを君は知らない
25
「野村です。おじゃまします」
勝手知ったる他人ん家のドアを開けて上がり込む。
響姫先生が約束してくれた通り、退院祝いと称して夕食を相伴することになって、おれは響姫邸にやってきた。新築の家の、木の匂いがいい。
引き戸を開けた玄関には靴が並んでいた。
先生の家は完全な日本式だから、玄関で靴を脱がなければならないんだけど、先客がいるようだ。
「よう。来たな」
リビングに入ると、響姫先生が笑顔で迎えてくれた。
しかも和服じゃないか。
うっわ、色っぽい。
……いいなあ。
「こっちだ。和室に席を設けたから」
襖を開けて入ると、錚々たるメンバーが集まっていた。
艦長、副長、情報指令副官。高級な将校たちだ。そういえば、響姫先生の階級も『少佐』だったな。
慎吾の『少佐』はどうでもいいけど。
「おう。退院おめでとう。こっちに来て座れ」
上機嫌の艦長がおれを傍に誘う。
彼もまた和服姿で、すっかり出来上がってくつろいでいた。その斜向かいには、やっぱりお約束の立川さんが艦長に片手で酌をしている。
艦長が隣に座ったおれに素焼きのぐい飲みを渡して、酒をすすめてくれた。
「あ。ありがとうございます」
おれは、艦長自らの酌に恐縮した。
「先の事件では、救けていただいたのにお礼が遅れまして……」
「ああ、俺も見舞いにも行けなくて申し訳ない」
おれが艦長に返杯する。
「そういえばおまえ、去年の今頃も負傷してなかったか?」
「いえ、年明けには治っていました」
「災難だったな」
穏やかに笑ってまた返杯してくれる。
和服姿も堂に入っている。
落ち着いた大人の男の風格というか威風堂々というか。豹変したときの怖さを知っているだけに、凄味を感じる。
「さて、そろそろ火が通ったかな」
先生が卓上の土鍋の蓋を開けた。
立ちのぼる湯気からのぞいた彩りのいい食材に、一同感嘆の声が上がる。
「今日はいい魚が手に入ってな」
先生は満足そうに鍋をふるまった。
「おまえの退院祝いだ、って、総帥が送ってきたんだ」
えっっ!? 聖が?
「こんな気を使わなくたっていいのになあ……。まあ、おまえに食わせてやりたいって思いもあるんだろうけど」
意味深な先生の含み笑いがおれに向けられた。
一同、笑いをかみ殺しているのがあからさまに分かる。
「まあ、ご相伴にあずからせてもらって嬉しいけど……」
「まるで保護者だな」
笑いながらそんなコト言わないでよ立川さん。
顔が熱くて赤くなっているのが自分でも分かる。
「そう恥ずかしがる事はないぞ野村。偉大な人物に気に入られるという事は、おまえにも将来性があるということだ。玉の輿は自慢していいんだぞ」
艦長。それって、褒めてんですか?
「――あんたもブロンディ中将に気に入られてるからねぇ……。それって玉の輿か?杉はん」
ブロンディ中将が艦長を?
「立川」
あ。……艦長がキレそうだ。
「そうキリキリしなさんな。過剰に反応すると、かえってホンモノかと思われるぞ」
先生が艦長に酌をして場を諌める。
「そんなふうにジャレるから、デキてると思われるんだ」
余裕であしらってる。すごいや先生。
「まあ、それもあるかもなあ……」
立川さんが神妙に納得する。だいたいこのふたりは仲が良すぎるんだ。
「それにつけてもおまえ、ずいぶん無防備なカオするようになったなぁ」
「え?自分ですか?」
なんだ急に。このおれがなんだって言うんですか。
「おまえ、先生とか杉はん好き?」
ええっっ!? 何を根拠にそんな。
「ほら、赤くなった」
う……。顔が熱い。なんだよもう。
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