僕の痛みを君は知らない
23
看護師が部屋を出て行った後、となりで眠っていたはずの聖がゴソゴソと起きだしてきた。ぼんやりとした視線をおれに向けて、おれが目を覚ましている事に気づくと、驚いて立ち上がっておれの傍に寄って来た。
「タカ」
何か言いたそうな顔をしていながら、続く言葉が見つからないようで、覗き込む目が潤んでいる。
聖。……君はドライで軽いようでいて、けっこう愛の重い男だよね。
総帥ともあろう御方が、たかだか下士官の負傷でいちいち動揺してはいけないよ。
「メリークリスマス。……聖」
おれは随分とぼけたことを口走ってしまったに違いない。
けれど、おれも何て言っていいのか分からなかったんだ。
おれが襲撃された理由も教えてくれなかった彼等に不満がある。けれど、おれを救けるためにいろいろと尽くしてくれたのは事実だ。
聖がそっと抱きついて、おれにキスをした。
そして、少しだけはにかんだようにつぶやく。
「ハッピーバースディ……だよ」
え?
今日は聖の誕生日だったのか?
ああ……そうか。それで『聖』なんだ。
知らなかった。
知ろうともしていなかった。
だめだなぁおれ。
聖はちゃんとおれの事を分かってくれているのに……。そうか、おれは何も知らないんじゃなくて、知ろうと努力していなかっただけなのか。
おれは、聖の肩を抱き返した。
「ごめん。なんのプレゼントもできなくて……」
「いいよ。タカが生きていてくれただけで、それだけでいい」
うん……。
やっぱりおれは、どうでもいい存在じゃないみたいだ。
でも、ずっとひっかかっていた思いがあって。それはどうしても拭えない負の感情で。ある意味ジェラシーに近い。
「ねぇ。聖は、今年でいくつになったの?」
おれの質問に驚いたように、聖は反射的に身構えるように身体を離した。
「そんなこと、いいじゃないか」
また、そうやっておれの質問をはぐらかすのか?
おれは無言で聖を責めた。
「――いや……その」
聖は困ったように視線を泳がせる。
「ずっと黒木さんと生きて来た時間。……長いんだろ?」
おれがこんな事を訊くのは初めてだった。聖はどう答えていいか困ったままだ。
「聖と黒木さんは、同じ時代を生きてきたんだろう?HEAVENに来たのも一緒だったの?」
彼はしばらく言葉を失って、驚きの表情でおれを見つめ続けた。
「あんなヤツらの言葉じゃなくて、君の口から聞きたい。君が生きて来た歴史をちゃんと知りたい。黒木さんの本当の役割も、君との関係も」
例の黒服から聞いてしまった真実を暗にほのめかす。
「どうして。……そんな事、急に」
聖は困ったままだ。
「僕は、ふたりの事を知らない。僕が、君たちにとってどんな存在なのかを知りたい。ふたりが生きて来た時間は、僕が割り込めるようなものじゃないって事くらいは分かっている。君にとって僕はまだ子供で……何も知る必要がないなんて。それじゃあまるで、僕は……。君たちにとっては、ただの愛玩物のように思えてならないんだ」
あれ?なんだろう。勝手に口が滑る。
ああぁぁ〜。聖がムッとしてる。
こんなコト言うつもりなんてないのに。
なんだか抑制が利かない。あの鎮痛剤のせいかな。
まずいコト口走ってるよおれ。
「仲のいい夫婦が子供を授かったってカンジで……。猫可愛がりの子供扱いはイヤなんだよ。おれだって一応は成人男子なんだ……。これでも、もう25になったんだから」
ああああああ……。なんだよ〜。
もういい加減にしないと。
「おれはね……。おれは……。もっと、傍にいたい。もっと……ふたりと対等になれるように。早く時間が過ぎればいい……。好きなのに、認めてもらえない……て、そんなの……寂しすぎる……」
おれは沈没した。
最後に見た聖の顔は、困ったような悲しそうな複雑な表情をしていた。
薬でアタマぶっ飛んだこんな野郎の言うことなんか、聞き流して欲しいな。
目が覚めたらどんな仕打ちが待っているんだろう。
考えるのも恐ろしい。
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