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僕の痛みを君は知らない
22





 暖色の微かなライトが灯る室内で、おれは現実に戻って来た。
 何が現実って……。
 痛い。とにかく痛い。
 しかも、ベッドに寝ているはずなのに、全身がだるくて身の置き所がない。
 少し身体を動かそうとして、思いっきり後悔した。
 左半身がギシギシと痛む。
 おれ。……生きてるんだ。
 白い壁、白い寝具、清潔な室内の匂い。
 腕には天井からの点滴が繋がっていて、おれは病院で治療を受けているという事を認識した。
 けれど、こんな痛みで生きている実感を味わいたくはなかった。
 誰かがおれの横で寝ている。寝息が聞こえるけど、ベッドより低くて確認出来ない。
 誰か……。
 誰でもいい。この痛みをなんとかしてくれ。
 おれが孤独に痛みと闘っていると、不意に病室のドアが開いた。
 誰かが近づいてくる。
「――野村。気分はどうだ?」
 おれの額に手を当てて尋ねてきたのは響姫先生だ。
 おれはまた、あなたの世話になったんですね。
 だけど、そんな感動的なご対面もへったくれもない。
 おれは正直に、あるがままで答えた。
「痛い……。どうして、こんなに痛いんですか」
 もうほとんど泣き言に近い。
 彼は、天使のような微笑みを俺に向けてきた。
「左鎖骨と上腕骨骨折。左腰から大腿部にかけての打撲。それと右側背部からの銃創。……痛くて当然だ」
 言ってることと、表情が一致してないよ先生。
 そんなに嬉しそうに説明しなくていいから。
 彼はおれに説明すると、携帯で看護師にコールした。
「今、鎮痛剤を使ってやるから。すぐに楽になる」
 携帯をポケットにしまって、彼はふたたび笑ってみせた。
「一時はどうなるかと思ったが、間に合って良かった。あれ以上出血していたら、本当に危なかったぞ」
 彼はベッドサイドのイスに腰掛けた。
「いま……」
 やっぱり力が入らなくて、情けない声しか出ない。
「何時ですか」
 おれの質問に彼はやんわりと微笑んだ。
 きれいだな。白衣が神々しい。
「三時だ……聖夜のね」
 聖夜?25日か?
 じゃあおれは、丸一日眠っていたってこと?
「ここは、どこですか?」
「防衛大附属病院だ。俺は今夜、当直でね」
 そうかフェニックスに乗艦していないときは、ここにいるんだっけ。
「もうすぐ看護師が来る。鎮痛剤を使ったら、また眠るといい」
 彼はイスから立ち上がった。
「あの……」
「うん?」
「となりに……誰がいるんですか?」
 おれは、先生が来てもびくともしない寝息のぬしが、誰か知りたかった。
「ああ。総帥がずっとついていた。きっと疲れているんだろう。おまえを搬送してきたのも総帥だった」
 聖が?
「間に合ったのは彼のおかげだ。あとでちゃんと礼を言っておくんだな」
 あのときの騒ぎの中に聖はいなかった。だとしたら、おれが意識を失った後に来てくれたんだな。
「今はゆっくり休め。……大変だったんだろう?」
 先生は暖かい微笑みを残してドアに向かう。
「先生」
 おれが引きとめると、彼はドアの前で振り返った。
「また、遊びにいってもいいですか?」
 おれの言葉で、ふたたびふんわりと笑う。
 この笑顔を独り占めしている慎吾が羨ましい。こういつも救けられていると、彼に恋してしまいそうだ。
「また一緒に鍋で一杯やろう。退院祝いしてやるよ」
 彼はそう言い残して去って行った。
 何かあったら彼が来てくれる。
 その安心感は絶大だ。
 その後、おれは鎮痛剤をもらって、ゆっくりと身体が軽くなっていく感覚で、それまでの緊張からやっと解放された。



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あきゅろす。
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