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僕の痛みを君は知らない
2





 ときに、彼はまだやって来ない。
 こうやって待たされるのは、もう何度目になるだろう。
 休暇を取る度に、ふたりの恋人と交互にデートを重ねてきたけれど、こういつも待たされる側で居続けると、どうもあのふたりにとって自分はやっぱりどうでもいい存在なのではないかという思いが湧き上がって来てしかたがない。
 ふたりとも多忙な身である事は分かっている。けれど、感情はそれをどうしても受け入れきれなくて。
 でも、またいいようにごまかされるんだろうな。
 彼等はおれよりもずっと長くここに存在している。たぶん百年単位という年月を経て、この世界に君臨しているに違いない。
 それに比べればおれの存在なんて赤ん坊のようなものだろう。
 赤ん坊が少しぐらいむずがっても、いつも小手先で機嫌をとられてあしらわれる。
 悔しいけど、今のおれたちの関係はまさにそれなんだよな。
「――貴史」
 少し離れたところからおれを呼ぶ声がした。
 声の方向に待ち人を探すと、彼が人の波をよけながら走ってくるのが見えた。
 上質なコートをひるがえして、いつもとは違う彼の姿が近付いてくる。
 髪はゆるやかに両サイドに流して、白いシャツののぞくスーツ姿は一流企業のエリートのようだ。
 長身なんてものじゃない。なにをどうしたらあんなに成長するのか。しかもあのガタイだ。どんな遠くからだって人目を引く。もっとも、彼自身は注目される事を気にも留めない。
 悔しいほどカッコイイんだ。
「済まない。待っただろう?」
 白く凍る息をはずませて、彼がおれのまえに立った。
 なんのためらいもなくおれの手をとって、その両の手のひらに包んで温もりをくれる。くちびるが指先に触れて、おれを見つめる瞳が有無を言わせずに愛情を注いでくる。
「冷たくなってしまったな」
 仕事が終わってから来るって言っていたから、少しくらい遅くなるのは承知のうえだ。身体の芯まで冷える前で良かったと思う。
 不意に頬を寄せられて、ぎゅっと抱きしめられた。
 人目をはばかるなんて意識は彼には存在しないようだ。
 そんな熱い愛情モードは、このおれすらも快感を覚えてくるほどに堂に入っている。
「暖かいところへ行こう。部屋をとっておいた」
「部屋?」
 彼の手が背中に回されておれを促して来た。
「また、いきなり『部屋』なわけ?」
 最近、といっても月に一度こうして逢えるかどうかの割合だけど、逢ってすぐホテルというのはなんとなくわけありっぽくて嫌だと感じる。
「食事も遊びもすっとばして『部屋』なわけ?」
「貴史は、ほかに俺と何かしたい事でもあるのか?」
 直球だ。
 セックス以外にする事はないとでも言いたげなセリフ。
「筋トレしたり」
「ベッドでもできる」
「戦術の講義をしてくれるとか」
「枕元でね」
 彼はもう予定を決めてしまって、何を言っても動かない。
 でも、よく考えてみると、彼にはおよそ健全とか清々しいとか爽やかなどという形容は似つかわしくない。セクシーなタフガイ。夜の帝王とでも呼びたくなる彼を、おれと同じレベルにまで引き下げるのは困難な事だと知る。
 きっと今まで付き合ってきた人達とも、それで通してきたんだろうな。
 なにが嬉しくて笑っているのか。
 おれの不機嫌な顔が、そんなにおかしいかな。
「――じゃあ、映画でも見るか?」
「え?」
 珍しいこともあるもんだ。
 突然の提案に、つい顔がほころんだ。
「古い映画なんだが、おススメのものがある。レンタルして部屋で見よう」
 結局『部屋』か。
 なんだよもう。
 もう何かをも訴える気力のなくなったおれをエスコートして大通りまで出ると、彼はタクシーを停めておれを車内に押し込んだ。
 運転手に駅前のホテルの名を告げると、タクシーはラッシュの車の波をかきわけて、Uターンしてから目的地に向かった。




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あきゅろす。
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