僕の痛みを君は知らない
15
「やあ、隊長どの。のっけから、気合入ってるじゃない」
会議室の入り口から、いささか頭に血が上ったおれをからかってくる。
見ると、そこには慎吾と立川さんが立っていた。
心の準備もないまま不意に立川さんに逢ってしまうと、なんだか切なさを隠しきれない。
だけど、わけ知りの葵と蘭丸の前で、そんな感情を悟られてはいけない。
おれもけっこう気苦労が多い。
「なにしに来たんだ?」
「なにしにはないだろう。せっかくの陣中見舞いだっていうのに……」
慎吾は苦笑いで応えた。
こいつとは、一度一緒に飲んでからけっこう気が合う事に気づいて、それからは懇意につきあっている。副長と隊長という立場の違いこそあれ、元は同期のパイロットだ。気兼ねがなくていい。時々家に遊びに行ったりして、ヤツは艦医のひびき先生と同居しているので、先生の手料理を御馳走になったりもしている。
いいよな。なんかコイツんトコって幸せ一杯なんだよ。
先生は優しいし。料理は旨いし。
おれって、そういう家庭的なカンジに弱かったんだなって思わせられる。
「今からため息なんかつくなよ」
立川さんが笑う。おれは無意識に深くため息をついていたようだ。
他人の幸せが羨ましいなんて情けない。
慎吾と立川さんが並んで、揃って笑っていた。
今まで気付かなかったけど、兄弟みたいによく似てる。
「大佐と副長って、笑うとそっくりですねぇ。似てるって言われませんか?」
いつもは鈍チンの葵は、時々鋭い指摘をすることがある。
そんな事を聞かれて、立川さんは少しだけ驚いたように葵を見つめた。
「う……ん。よく言われるんだけどね……。それに続きがあるんで、艦長の前では言わないほうがいいよ」
「どうしてですか?」
「続きって?」
「早乙女と俺が似てるって事で、好みで副長を決めてるって下世話なハナシに最近さらにキレてるからね。俺との噂には艦長は敏感なんだよ」
「――え?ただの噂だったんですか?」
慎吾のいらぬツッコミに、立川さんの眉がピクリと反応した。
まずい。
「おまえ、いったい誰からどんな風に聞かされたんだ?」
立川さんに詰め寄られて、慎吾は慌てた。
噂を伝えたのはおれだった。が、好みで副長を決めてるなんて知らないぞ。
「いえ、その。……いろいろなところから」
「こっちへ来い。少し話を聞こう」
立川さんは脅える慎吾を連行して、会議室の外へ出て行った。
どうしてあいつには緊張感が無いかなぁ……。言っちゃまずいコトってあるだろうに。まあ、仲間うちじゃあ無防備でもいいんだけど。あれって、クロイツで散々苦労してきた反動だろうか。
そろそろ時間だったので、おれたちは指定された席についた。同時に、教育管理官の長い訓示が始まる。
だいたい、艦長と立川さんの関係なんて、そうじゃないって分かりそうなモンだ。ま……確かに、時々妙に色気のある視線を交わしたりしているけど。万が一、仮に何かがあるとしても、プラトニックだよあれは。少なくとも立川さんは、いまどき珍しいくらいのヘテロだからなあ。
……にしても、慎吾が立川さんに似ていたなんて少し気まずい。
あいつとの付き合いは、そういうつもりじゃなかったんだけどなあ。
なんだかなあ……。
それにつけても、訓示が長い。
強化訓練なんて、どうして今頃やるんだよ。しかも、合宿なんて冗談じゃない。かんべんしてくれよ。
地上訓練なんて大気圏外での実戦には役に立たないってこと、いい加減分かれよ。
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