僕の痛みを君は知らない
12
「――お。なかなか可愛い光景だな。子猫がじゃれあっているみたいだ」
突然、第三者の声が割り込んで来て、おれたちは現実に引き戻された。
「まったくです」
驚いて振り向くと、断りも無く侵入して来ていたのは黒木さんだった。
そのとなりには、苦笑して立っているブロンディ中将がいた。
トラやライオンに比べれば、おれたちは子猫と言われても仕方ない。
「だが、いくら昨夜からおあづけだったからといって、神聖な統合本部の最上階で性戯に耽っていてはいけないなあ」
「勤務時間中ですからね」
そんな身も蓋もないことを言われては、返す言葉もみつからない。
でも、聖は開き直って怒り出した。
「なんでジャマすんだよ!!まだなんにもしてないうちに、チャチャ入れんじゃねーよっっ!!」
「まあまあ。俺だって、邪魔しようと思って帰ってきたわけじゃないんだ。だいたい俺も邪魔されたクチなんだし……」
「じゃあ、なんで帰ってきたんだよ?」
「アタリをつけてきたんでな。例の件と繋がった」
「え?」
聖の顔色が変わった。
例の件って、何だ?
「エサをバラまいたんで、あとは喰らいつくのを待つだけだ。俺はしばらく地下に潜っているから、何かあったらそっちに連絡入れてくれ」
例の件ってなんだろう。それが国家機密と関係があるのかな。
茫然としたまま黒木さんを見つめていると、彼は近づいておれにキスをしてきた。
「貴史。いい子にして待っていろ。この件に決着がついたらまた迎えに来る。それまでちゃんとバージンでいろよ」
うわあぁぁぁ!!
心臓がバクバクいってる。
だいたいそんなセリフは、野郎に向かって言うモンじゃないだろう。
ああ……やだなあ。聖が呆れてる。
「おまえ。……まだ、犯ってなかったのか?」
聖が痛烈な一言を放った。
呆れていたのは、そっちの方だったのか?
「大切にしているんだって言っただろう」
「ンな事言ったって、それじゃあいつになったらオレに順番が回って来るんだよ!待ち切れねーよ」
あの……モシモシ?
「おまえが地下に潜っているあいだに犯っちゃうぞ、もう」
目眩がする。
ふたりしてそんな順番つけていたのか?……っていうか、聖までおれを犯っちゃおうとかホンキで思っていたわけ?
いや、それよりも、こんな第三者がいる前でそんな事で言い争わないで欲しい。
「――その問題は別として。中尉はこれからどうされますか?このままずっとこちらに詰めていますか?」
ブロンディ中将がふたりの。……というより、聖の変なこだわりを修正して本題に戻してくれた。
おれはいつまでもこんなところに缶詰にされていたくはない。
「いや、その必要はない。狙われたのはこの俺だし、貴史は面が割れていないだろう」
そういえば、おれはずっとサングラスをかけていたな。あれをしようにも、もうおシャカになってしまったし、新品のダウンジャケットもパーだった。
「そりゃあよかった。それじゃあすぐに、こんなトコから抜け出そう」
聖はいたってドライだ。
だけど、黒木さんが狙われているなんて、どうしてだろう。
やっぱり、その理由も聞いてはいけないのかな。
でも……心配だ。
おれは黒木さんの傍にいたい。彼が殺されかけているのに、おれは関係ないなんて、そんなふうには思えない。
「俺は大丈夫だよ、貴史。一番安全な場所で敵にトラップを仕掛けている。もう二度と、あんなふうにやられたりはしない」
黒木さんは、おれの表情を読んだのか、なだめるように諭してきた。
仕方ない。
おれはこんなとき、なんの役にも立ちそうもない。ここにいる彼等に比べれば、あまりにも非力だ。比べるほうがおかしいのかもしれないけれど、あまりにも身分や力量の違う連中と一緒にいるのは、コンプレックスが刺激されて、つい卑屈になってしまう。
ああ……。ダメなヤツだ。おれって。
そんなおれの感情に気付いているようで、黒木さんはふたたびおれの頬にキスをしてきた。
「愛しているよ。貴史」
おれだけに聞こえるように囁く彼に、思わず縋って抱きついた。
色んな感情がごっちゃになって、自分でもどうやって整理していいのか分からない。
とりあえず今は、彼から離れるしか術がないのだと知った。
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