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僕の痛みを君は知らない
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 おれたちは、統合本部のカフェテリアで早めのランチを注文した。
 その場に居合わせた職員からは、おれたちふたりがそこに現れた途端にその取り合わせの妙に意識を引かれたようで、あからさまな注目を浴びてしまった。
 そりゃあね。総帥が珍しく下士官を伴って現れたんだ。注目もするだろう。だけど、さすがにいつまでも不躾な視線を向けてくるような品の無い連中はひとりもいなかった。意識しないふりをしてくれるのは、本当にありがたい。
「聖は知ってるんだろ?」
「なにを?」
「黒木さんがどうして狙われたのか」
 おれの質問に答えたくなさそうな聖は、ローストチキンを噛みしめていた。
 おれは食事の手を止めて、じっと聖の答えを待つ。
 ゴクン……と飲み込んでから、しばらくの間があった。
「そんなの、オレだって知らないよ」
「じゃあ、どうしてこうやって僕のところに現れたんだ?」
「それは、雅が知らせてきたから」
 ふたたび食事を続ける聖。
 なにか隠している。……と、感じる。
「なんだよ?その目は」
 疑惑に満ちたおれの視線に、聖は敏感に反応してきた。
 こういうときは真正面から切り込んでも効果がないことは知っている。
「僕だけが、何も知らない。黒木さんのことも、聖のことも……。寂しいよ」
 そうして、斜め下45度から表情を窺う。そしてすぐに視線を落とした。
 聖は途端におれの感情に同調してきた。
「そんなコト云われても……」
 困っている。
 そうだろうな。困らせているんだから。
「ちょっと……。こんなトコじゃ話せないよ」
「じゃあ、部屋に帰ってから?」
「いや……それは」
 歯痒い。
 搦め手も通用しないのか。
 おれたちは食事を終えてから、出されたコーヒーを目の前にして、なんとなく気まずい空気を持て余していた。ふたりとも煙草を吸わないので、よけいに手持ち無沙汰だったりする。
 そのとき、思いがけない人物がおれたちに声をかけてきた。
「野村じゃないか。どうした?こんな所で……」
 立川さん。と、その横には同じユニフォームに身を包んだ中田が立っていた。
「あ?」
 中田が聖に気付いた。けれど、総帥である事に気付かないのか、じっと見つめている。
「聖さん?」
「中田。おまえ何言って」
 立川さんが驚いて中田の態度を諌めようとした。が、中田は親しげに聖に話しかけた。
「やっぱり聖さんだ。どうしてここに?」
 聖は中田を見て、何かを思い出したようだ。
「ああ。君は、確かマリアの。……裕矢っていったっけ」
「はい。その節はどうも」
 なんだか違う世界の話しをしているようだ。
「なに?知り合いだったの?」
「うん。ライブの打ち上げで、マリアと一緒にきていた」
 そういう関係ね……。芸能関係のお付き合いだったわけか。
 この様子じゃ、聖が総帥だなんて知らないクチだな。
「久しぶりだな。元気だったか?」
 立川さんが、おれに微笑みかけてくる。
 やっぱりいい男だ。
 彼の笑顔でおれは淡い恋心を思い出して、胸が心地よくしめつけられる。おれも思わず笑顔で返した。
「――さて、わたしはオフィスに戻るよ」
 聖が立ち上がった。
 急にどうしたんだろう。
「ああ、僕も……」
 聖とふたりで、彼等に軽く会釈をしてから、おれたちはカフェテリアを後にした。その後ろで、中田の驚きの声が上がった。たぶん、聖の正体でも聞かされたのだろう。
 エレベーターの中では、聖はおれから視線を逸らしたままだった。
「立川大佐と、もっと話したい事があったんじゃないのか?」
「そりゃあ久しぶりだったし、ゆっくり話したいけど……」
 聖は、おもしろくなさそうな顔でいる。
 何を怒ってるんだろう。
「今は聖と話したい。知りたい事がたくさんあるし」
「情報源としてなら無駄だよ。今回の事は国家機密に相当する。おいそれと公開できる情報じゃない」
 頑なな総帥の横顔が、おれを突き放してくる。
 国家機密だって?
 黒木さんを消すことが、国家機密だとでもいうのか?
「僕だって少なからず被害を受けたんだ。知る権利ぐらいあると思う」
「そんな事を知る立場じゃないよ」
 なんだっていうんだ。
 なんで態度を急変させてくるんだよ。
 まさか……。
 まさか、立川さんとのことを嫉妬しているのか?
 ありうるな。もしかしたら、黒木さんから、立川さんとの事を聞いているかもしれない。
 エレベーターが最上階に着いて、ドアが開いた。



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あきゅろす。
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