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楽園の紛糾
Hold you tight9





 フェニックスに帰艦した黒木が、メディカルセンターにやって来た。
 野村がいるはずの病室のドアの前で、黒木はそこに座り込む聖の姿を見つけた。
 ひざを抱えて不機嫌な表情をして床に座り込んでいる。
 黒木は何があったのかと彼の前に立って声をかけた。
「どうした?」
 聖は恨めしそうな視線を持ち上げた。
「どーもこーもねぇ」
「何スネてんだ?」
「せえよ」
 聖が何に苛立っているのか分からないまま、黒木は中から聞こえる話し声に引き寄せられて耳を傾けた。
 立川の声だとわかるそれを聞いているうちに、聖の不機嫌な理由が分かってきた。
 黒木は喉の奥で笑いを堪えて聖に顔を近付けた。
「俺なんかよりな。ずっと強力なライバルだ」
 ニヤニヤ笑う口元が、聖をよけいに不機嫌にさせる。
「貴史の初恋の君だ。もう五年越しらしい」
「おまえ、それ知っててタカにちょっかい出してたのか?」
「秘めた恋心が辛そうだったんでね。少しだけ楽にしてやりたかったんだ」
「――また、ひとの弱みにつけこんだんだな」
「誤解を生むような事を言うな。ちゃんと真面目に考えているんだ」
「ケッ!」
 聖は視線を逸らして悪態をついた。
 病室では、立川が野村の戦場での行動について確認していた。
 野村は、命令もなく敵艦に潜入するような勝手はしないと信じている。
「なぜ敵艦なんかにいたんだ?副長の情報については俺も聞いたが、でもそれ以前に。……どうして?」
「いえ、総帥が」
「総帥?」
「ガーディアンが敵艦に潜入したのを目撃したものですから、心配で」
 ためらいがちに答える野村の様子が、いつもと違う。
「ほら、おまえを心配してるぞ」
 ドアの傍で、黒木は聖に手を差し伸べて微笑んだ。
 少しだけ表情を和らげて、聖はその手を掴んだ。
「オレさまが、心配されるタマかよ」
「仕方ないだろう。いつまでも貴史の前で猫かぶっているからだ」
 黒木は聖の身体を引き上げて筋の通らない感情をたしなめる。
「べつに、猫かぶっているわけじゃねーよ」
 聖は黒木の手に導かれて立ち上がった。
 立川が野村の理由の分からない在り方に疑問を抱いていると、不意に入り口から聞こえてくる話し声に気づいた。
「誰だ?……誰かいるのか」
 ふたりの声に気づいた立川が病室の外に向かって問いかける。
 そんな立川に促されるように、野村もまたパーテーションのむこうに意識を向けた。
 予感があった。
「聖……?」
 自分の予感を確かめるように、野村は声を掛けてみる。
 それを聞いて黒木は苦笑した。
 絶妙なタイミングだと思う。
 ここで彼が黒木の名を呼んでいたなら、聖は完全に落ち込んでしまっただろう。
 黒木は野村の感性と予感に感謝した。
「ほら。会ってこい」
 黒木は聖の背中を押した。
「聖だろ……。傍に来てよ。君に会いたかったんだ」
 野村の声に促されて、聖はパーテーションを越えて遠慮がちに中に入った。
「総帥!?」
 立川が驚いて立ち上がった。
「あ、いや。掛けていてくれたまえ。わたしはすぐに」
 聖は、反射的によそ行きの顔で丁重に長居を断ろうとする。
 そんな聖の在り方を見て、野村はクスクスと笑った。
 ドアの外では、同様に黒木が失笑していた。
 その場に立ち尽くしたままの立川に、野村は穏やかな表情を向けてから、聖のユニフォームの袖をつかんで自分の傍に引き寄せた。
「立川さん、紹介します。このひとが……」
 突然なにを言い出すのか……と、立川は総帥に対して随分と親しげな野村の在り方に戸惑う。
「――僕の、好きな人です」
 立川は唖然として野村を見つめた。
 驚いたのは聖も同様だった。
 茫然としたまま野村を見つめる聖に向かって、野村は少しだけはにかんで微笑み返した。
「だから、大丈夫です。立川さん」
 どんな経緯でそうなったかは分からない。しかし、野村の穏やかで満ち足りた表情に嘘はなかった。
 しばらく狐につままれたような気分で野村を見つめていた立川は、やがて事実を受け入れて安心したように表情を和らげた。
「そうか……」
 静香が話していたその相手が、総帥だったとは思いもよらなかったが、野村が自分に対して正式に紹介してくれた事がこの上なく嬉しい。
 立川は改めて聖に向き直った。
 真摯な態度が聖を構えさせる。
「野村を、よろしくお願いします」
 晴れやかな笑顔を向けられて、聖は照れるあまりに狼狽えて、一瞬のうちに耳元まで赤くなった。
 安心した立川は、病室を去るためにふたりに背を向けた。
 ずっと気掛かりだった部下の傷心が、思ったよりも早く癒されていた事を知って立川は嬉しかった。
「早く復活しろ。……待っているぞ、中尉」
 振り返ってそう言い残して去る立川に、野村は嬉しそうに笑顔を返した。


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