[携帯モード] [URL送信]

楽園の紛糾
Hold you tight8





 ノックの音がした。
 開け放たれているはずのドアを、誰かが軽く叩いて面会を伺っている。
 メディカルセンターのベッドはパーテーションで仕切られていて、野村からは来訪者の姿は見えなかった。
「だれ?」
 返ってくる声に促されて、ノックの主が姿を見せた。
 不安そうな表情で現れたのは、それまで管制室に詰めていた立川だった。
「立川、さん」
 驚きの表情で彼を迎えた野村は、やがて切ないほどの喜びに満たされた。
 そんな野村の顔を見て、立川も安心して表情を和らげた。
「大丈夫か?」
 ベッドサイドのスチールに腰掛けて尋ねる立川を見て、やはり素敵だな……と、野村は思う。
 以前よりも浄化された想いは、純粋なあこがれだけを残して昇華されていた。
「ええ。今は麻酔が効いているので平気です」
 野村は穏やかに微笑み返した。
 何か言いたげなその表情に気づいて、立川は促す。
「何だ?」
「来てくれるなんて、嬉しいです」
 素直な野村の感情の表出が立川には嬉しい。
「いつもそのくらい素直だったら、可愛いのにな」
 立川の指摘で野村は失笑した。
「必死で隠していましたからね。そんな気持ち……知られたくなくて」
 今までの感情を素直に伝えてくる野村に、少しだけ負い目を感じる。立川は、うやむやに終わってしまった関係を整理したかった。
「――好きだとか、愛してるとか。……そんな感情ではなくて。ただ、お前が元気で頑張っているのが、俺には嬉しい。ずっと一緒にやって来た。これからも一緒にいたいと思う」
 真っすぐに野村を見つめて、立川は想いを伝える。
 自分の想いをきちんと受け止めて返してくれるその言葉に、野村は黙って耳を傾けていた。
「お前は大切な仲間だ。杉崎艦長と同様に、信頼できる同志だと思っている。訓練生のときからずっとお前を見てきた。必死について来て、成長してきたお前が……愛しいと思う」
 野村は自分のまぶたの奥が熱くなるのを感じていた。喉の奥が痛い。
「――そういう愛情なら、間違いなくあるんだ……。俺には、それしかお前に返せない」
 視線を逸らしてうつむいてしまった野村を見て、立川の胸が痛む。
「ごめんな」
 沈んだ声がどうにもならない関係を結論づけた。
 その声に促されるように、野村は潤んだ瞳を立川に向けた。
「立川さん」
 のどが詰まる。
 感情の昂揚で、思うように声が出ない。
「謝らないでください。……あなたの気持ちは、僕には十分すぎる」
 ポロポロと零れる涙を見て、立川は思わず手をさしのべた。
 野村は上体を起こして、立川に縋った。まるで、そうするのがあたりまえのように、立川は野村を抱きしめた。
「嬉しいです」
 立川の腕の中で野村はその身の幸せに酔う。
「好きになったのが、あなたでよかった。葵を傷つけずに済んだのも、あなたのおかげです……。ありがとう、立川さん」
 拒絶される痛みを覚悟していた。しかし、拒絶ではなく誠意で応えた立川の在り方に野村は学んだ。
 関係は修正できる。
 行き詰まった感情は何も生み出さず、解放されることによって人はいくらでも優しくなれる。
 野村は、少しでも立川に近付きたいと願った。
 彼のような大人の男になりたい。
 対象ではなく、目標として。
 立川への想いが変わり始めていた。



[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!