[携帯モード] [URL送信]

楽園の紛糾
setuna7





 野村は、豊かなコーヒーの薫りで目を覚ました。
 差し出されたカップは温かで、少しだけ気温が冷える早朝の身体にはちょうど良い。
 起きぬけのぼんやりしたままの姿でコーヒーを飲みながら、ほんのりとした幸福感に包まれる。
 今まで、誰かと一緒に朝まで過ごした事などなかった。
 どうひいき目に見ても冴えない寝ぼけた顔と乱れた髪を他人に見られるのは、なけなしのプライドが許さない。
 なのに今、こうやってベッドの上でコーヒーまで渡されて、日常の事みたいにリラックスしている。
 我ながら信じられなかった。けれど、抵抗はない。
「おはようタカ。今日もいい天気だよ」
 そう言って添えられたキスも何だかくすぐったい。ずっと想い続けて、やっと結ばれた恋人同士のような。そんな初々しい感じがする。
 TVでは、朝のニュースが放送されていた。
 何もかもが普通の朝の風景だった。けれど、ふたりでいる事の温かさは、これまで排他的だった野村にとっては奇跡に近い。
 ニュースキャスターが、政治に関するニュースを読み上げていた。
 HEAVEN内閣へ、ヘルヴェルト大統領より和平交渉の申し出があり、議会はこれに賛成。HEAVEN大統領はヘルヴェルトに対し、和平交渉に応じる姿勢で、本日未明HEAVENを出発したと述べた。
「な……に?」
 ふたりは驚いて画面に向かってつぶやいた。
 そんな事情に妙に関心を示す互いの意識に気づいて、疑問を抱きながらふたりは見つめ合った。
「すごいな……ついこの間まで戦争してたっていうのに」
 聖の笑顔が苦笑いに変わる。
「ああ。そうだよね」
 野村も同様だった。
「あの。今日、俺仕事あるから……ゴメンゆっくりできなくて」
 聖はジャケットを羽織ってから、メモを取り出して何やらペンを走らせると、それを破って野村に手渡した。
「これ。俺のコールナンバー。良かったら、また会いたい」
 聖は、すがるような視線で野村を見つめる。
 もっとゆっくり互いの事が知りたいのに、時間が彼を急がせる。そんな苛立ちが野村にも伝わった。
「うん。いつでもいいの?」
「仕事の状況では、会えるかどうか分からないけど……でも、連絡だけはしてよ。いつでもいいから」
 説得するような口ぶりがなんだか嬉しい。野村は微笑みで応えた。
「わかった。連絡するよ」
 聖はほっとして、嬉しそうにドアへ向かった。
「これ、オートロックだから鍵はいらないから……」
 そう言って、顔だけ中に残して最後の想いを伝える。
「絶対、また会おうな」
 そして、後ろ髪を引かれるようにして聖は部屋を出て行った。
 野村は知らずに笑顔でいて、聖の出て行ったドアを見つめた。




[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!