楽園の紛糾
Hold you tight5
「ヘルヴェルト艦隊が後退し始めました」
フェニックスのブリッジは、戦闘情報室からの報告によって大統領が救出された事を知った。
それまで守りに徹していたフェニックスは全艦をあげて反撃を開始し、クロイツ護衛艦隊の参戦も加わり、圧倒的な戦力でヘルヴェルト勢力を鎮圧した。
撤退するヘルヴェルト艦隊を追うクロイツの動向を確認して、杉崎はジェイドに尋ねた。
「追いますか?」
「いや、我々はここで待機しよう。総帥が戻られたら今後の動向を確認する」
席を離れてジェイドが答える。
「西奈。各艦に集結命令を。……情報室と管制室に戦闘機隊の帰艦命令を伝えてくれ」
席を離れる杉崎に、オペレーターの視線が集中する。それは、自分たちへの指示を待っていた。
「おまえたちはこのまま待機しておけ。いつまたクロイツが仕掛けてくるとも限らないからな」
そう言い残してから、杉崎はジェイドについてブリッヂを後にした。
退室する杉崎を見送ってから、沢口は大きく息をついた。
「――疲れた」
めずらしくそんな事を言う沢口に、橘は邪まな笑みを向ける。
「仕事以外に精力使いすぎてんじゃないの?。最近めっきりやつれちゃって。おイタもほどほどにしないと、カラダに毒よ?」
コントロールパネルを操作して艦体を静止させてから、橘はゆったりとシートに身体を預けた。
「おまえに言われたくはないよ」
身体ひとつで荒稼ぎしていた互いの事情を知り合ったふたりは、そんなところまで同様だった事に共感と安心を覚えて軽口をたたく。
各砲筒にセーフティロックを施してから、沢口もシートにくつろいだ。
「最近よくお兄様がたからお声がかかるじゃない?」
「俺って実は美人だからさぁ……」
長い前髪を揺らしながら声を押し殺して笑いあうふたりをながめて、城は思わず微笑んでしまう。
「あのふたり、最近また綺麗になったね」
何気なく話しかけてきた城の言葉に過剰反応して、特別な指摘がないにもかかわらず西奈は動揺した。
「え?……いや、自分は、なにも」
取り繕いながらも言い訳になりそうな言葉を綴る。
しかも余計な事まで思い出してしまった。
緊張した顔が赤くなる。
「西奈は橘中尉が好みのタイプだったよね」
にっこりと笑う城の前で、西奈の表情が凍りついた。
城は、女装子の『翔子ちゃん』の事を言っているつもりだった。
「どうして、それを?」
「だって、みんな知ってるよ」
城は屈託なく笑って答える。
西奈は青くなった。
「あいつ、ウソつけないタイプなんだな」
ふたりのやりとりを小耳にはさんだ沢口は橘に返した。
「――バカ」
橘は呆れてそっぽを向いていた。照れ隠しもあって、わざとそっけなくする。
長い髪のあいだからのぞく耳たぶが、うっすらと赤くなっていたのを沢口は見逃さなかった。
「照れちゃって。……かぁわいいっ」
意外な反応に煽られて、沢口は過剰に絡む。いきなりじゃれついてきた沢口の勢いに押されて、橘はバランスを崩してシートから滑り落ちそうになる。
「おい、やめろよ!……ちょっ!」
勢い余ってドサドサとシートから落ちて重なり合うふたり。それを微笑みながら見守っていた城は、橘を見つめる西奈の切ない表情に気づいた。
本当は自分が押し倒したい。そんな西奈の羨望のまなざしは城にも分かる。
「――しのぶれど、色に出でにけり、わが恋は……って。知ってる?西奈」
「え?」
振り返った顔がふたたび赤くなる。
「最近ポーカーフェイスが崩れてきたね」
ふわふわと笑ってみせる城の笑顔は、鋭い指摘を喰らわせておきながら、西奈の想いを優しく見守っていた。
本気なのか冗談なのかわからない城の笑顔の前で、西奈は困惑し続けていた。
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