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楽園の紛糾
Hold you tight3





「武器を捨てろ。スカーレット、君もだ」
 ふたりに命じて武器を放棄した事を確認すると、ルノーは野村が手放した自動小銃を手に入れて、その身体を盾にしたまま銃口を聖に向けた。
「残念だったな。わたしにとっては随分と幸運だったが」
 相変わらずの薄笑いが、聖を容赦無くねじ伏せる。
「この男が大切なのだろう?」
 ルノーはふたりの抵抗を許さない。それは野村の死を意味していた。
 なす術もなく、聖の命がルノーの手によって断たれようとしている。
 スカーレットは思案した。
 武藤が殺害されたその次には、間違いなく自分が殺される。
 しかし、自分の命とひきかえにできるほど、野村への感情は育っていない。
 スカーレットはふたたびライフルの銃口をルノーに向けた。
 それを察したルノーの手が、ナイフを強く野村の肌に押し当てる。
「やめてくれベネット!」
 聖は狼狽してスカーレットに向かって叫んだ。
 ルノーは嘲笑を向ける。
「いい加減にしなさいルノー。その子を傷つけても、ムトーを殺しても、わたしはあんたを撃つわよ」
「止めろっ!……頼むからそいつをそれ以上傷つけるな!!」
 悲痛な叫びが、一瞬野村の意識を引き戻した。
 目の前の聖が、泣きそうな表情で何かを訴えている事に気づいた。自分の事を案じているのかと思う。
「ムトー。恨むならこの男を恨みなさい。ボーヤには悪いけど、このままでは皆殺られてしまう。この男だけは生かしてはおけないのよ」
 苦痛に歪む瞳が、スカーレットの心情を映し出していた。
 そのとき、ゆっくりと状況を理解してきた野村の右手が微かに動いた。
(――冗談じゃない……。人質に取られたなんて……カッコ悪い)
 スカーレットに意識を奪われるルノーのナイフが、更に無数の傷をつけてゆく中、野村の指は自分のブーツナイフの所在を確認していた。
 そしてその動きに気づいた聖が見守る先で、手にしたナイフを残りわずかな渾身の力を込めてルノーの脇に深く突き立てた。
「なにっっ!?」
 予測だにしなかった反撃に驚いたルノーは、思わず野村の身体を弾いて身を引いた。
 野村の身体は支えを失って床に崩れ落ちる。
 同時に銃口が野村に向けられた瞬間、聖は反射的に飛び出して床に崩れ落ちる身体をさらって抱き締めた。
 スカーレットは躊躇なくルノーに向かって銃爪を引いた。
 その銃弾の中をルノーは素早く身を翻して、手にしたライフルで反撃しながらフライトデッキの奥へと去って行った。
 一瞬の出来事だった。
 取り逃がしてしまった悔しさよりも野村が気がかりで。ルノーの後を追えずに、スカーレットは野村のもとへ駆け寄った。
「タカシ!」
 聖に抱かれて横たわる野村を見たスカーレットは、その姿に息を呑んだ。
 傷の確認が困難な程、首から胸全体が鮮血に染まっている。肩の銃創からも出血が続いている。
「タカ……」
 あまりにも惨い出来事に、聖は愛しい者の痛々しい身体を抱き締めることしかできなかった。
 なす術もなく、この命を奪ってくれるなと懇願するしか出来なかった自分の非力さが悔しくて、聖の頬を涙が伝ってこぼれ落ちた。
 その痛みに共感してスカーレットの胸が絞られるような苦痛を覚えた。
 そのとき、野村を探して再び艦内に潜入してきた黒木が、銃声を聞き付けてやって来た。
 デッキにうずくまる三人の姿を確認して、不穏を感じながら駆け寄る。
 聖に事態を確認しようとしてから、黒木は抱かれていた野村を見つけてそのまま絶句した。
 愕然とする黒木に、言葉を失ったままの聖の代わりにスカーレットが事実を告げる。
「ルノーよ。……あいつがこの子を」
 状況を察知した黒木はフライトデッキを見渡して、その先に始動するツヴァイの機体を見つけた。
「聖。おまえは早くフェニックスへ向かえ。貴史を死なせるな」
 黒木の言葉に反応して聖が視線を上げる。
「おまえは?」
「奴を追う。ガーディアンを借りるぞ」
 その言葉に驚く聖を残して、黒木はカタパルトの向こうにあるガーディアンへと走り去って行った。
「わたしも」
 戦場に戻ろうとして立ち上がったスカーレットは、不意に袖を引かれて動きを止めた。
 振り向くと、野村の血に濡れた手が彼女を引き留めていた。
 どうしたのかと、聖は疑問に思う。
 野村は、やっと伝えられる微かなつぶやきで懇願した。
「行かないで。……傍に、いて」
「――タカシ」
 スカーレットはふたたび野村の傍に膝をついた。
 野村の縋る表情がスカーレットの情をひく。
 スカーレットはそのまま野村の手を握って見つめ返した。
 そんなふたりの様子を目の当たりにして、聖は動揺していた。
 この状況で、野村は自分ではなくスカーレットを求めている。彼が必要としているのが自分ではないと知らされて、聖はただどうする事も出来なくて茫然としていた。
 悲しかった。
 好きだった者に必要とされない事実は、聖をひどく落ち込ませる。しかし、感傷に浸っている場合ではない。
 聖は野村を抱いたまま立ち上がって、彼女の手を離れて歩きだしながら、その実どうしたらいいのか迷っていた。
「――聖」
 腕の中の野村が何かを伝えようとする。
「もう、しゃべるな」
 哀しい瞳で聖が応えると、野村は懇願する。
「彼女を返さないで。一緒に、フェニックスに……」
 野村の言葉は聖を失意の底へと導いてゆく。
 彼女との間で一体何が通わされたのだろう。
 やはり自分とのことは、一時の気の迷いだったのだろうか。
 確信のないまま戸惑う聖に、野村はその本意を伝えた。
「――副長の行方を知っている」
「え?」
 聖は驚いてスカーレットを振り返った。
 野村が告げる事実は、聖の感情を浮上させる。
 そういう事か……。と納得した。
 聖は自らの誤解から解放されて自信を取り戻した。
 フェニックス副長である早乙女の消息を掴むために、彼女をどうしてもフェニックスまで連れ帰りたい。その思惑は、確かに聖へと伝わった。
 聖は神妙な表情でスカーレットに向かった。
「良かったら一緒に来てほしい。こいつの生きる意志は、あんたへと繋がっている。こいつを救えるのは、たぶんあんただけだ」
 スカーレットは驚いて、そして迷った。
 本来なら敵であるHEAVENの勢力圏に単身乗り込むなど、無謀としか言いようがない。
 けれど「お、姉さん」と、野村の微かな声がスカーレットを呼び寄せた。
 傍へ駆け寄り、ふたたび手を取って野村の顔をのぞき込む。
「スカーレットよ」
「スカーレット……」
 野村はうっすらと微笑んだ。
「綺麗な名前だね。……貴女にぴったりだ」
 力なく野村の手が滑り落ちる。ふたたび野村の意識が闇に吸い込まれていった。
「急ぐぞベネット」
「待って!ムトー」
 勢いに流されたスカーレットは、聖の後を追った。



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あきゅろす。
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