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楽園の紛糾
Hold you tight2





 野村とスカーレットは、シャトルを追うためにフライトデッキへとやってきた。ふたりのパワードスーツは艦のその外にある。
 スカーレットがデッキに足を踏み入れると、野村は彼女の肩をやんわりと掴んで引き留めた。
「待って。この先はまだ危険そうだ。僕が行く」
 意外なセリフにスカーレットは驚いて、そして口元を綻ばせた。
「オトコなのね……。ボーヤ」
 感心するスカーレットの微笑みは野村を赤面させる。
「守ってくれるなんて嬉しいわ」
 今までさんざん守られてきた野村は居心地が悪くて仕方がない。
「こういうところでしか、お礼できませんからね」
「あら。そんなコトないわ。ベッドでご奉仕してくれても良くってよ」
 驚いて振り返る野村に、彼女は艶然と微笑んだ。
 野村は更に赤くなった。
「それじゃ、お礼になりませんよ」
 少し困ったように返す野村に、スカーレットは尋ねる。
「どうして?」
「結果的には僕も楽しんでしまう」
「あら!」
 スカーレットは目をしばたいて野村を見つめた。
 野村もまたスカーレットを見つめる。
 野村は不思議だった。同性愛者であるはずの自分が、なぜこの女性に魅かれるのだろう。ベッドで奉仕する事をイメージしたとしても嫌悪を抱かない。
「可愛いコト言うのね」
 すっかり機嫌が良くなったスカーレットは嬉しそうに目を細めた。
「ひとつだけ訊いてもいいですか」
「なあに?」
「あなた、ほんとに女性?」
 スカーレットの目がてんになる。そして彼女は失笑した。
「性転換した覚えはないわね。そんなに男らしかった?」
「いや。そんなに綺麗なのに、強すぎるから」
 自分の感情に戸惑う野村の様子が、スカーレットの目にははにかんでいるように映る。
「タカシ。……貴方と別れてしまうのが惜しくなったわ」
 スカーレットの視線が野村の感情を愛しんでいた。
「本当に、また逢いたい」
「今度逢う時は、決着をつけるんでしょう?」
 野村は複雑な心境だった。
「決着はつけるけれど、殺さないでいてあげるわ。貴方を無傷で手に入れたい……」
 彼女の手が野村のパイロットスーツの袖を掴んで身体を引き寄せる。
「わたしだけの捕虜にしてあげるわ」
「そりゃ……どーも」
 淡いブラウンの瞳が困惑する野村を捕らえて、ふたたび彼女の唇が言葉を塞いだ。
 野村は不思議な気分だった。
 間違いなく女性である彼女のキスに、嫌悪感を抱かない自分が信じられない。確かに自分は同性愛者だが、女性が嫌いなわけではない事は分かっていた。けれど、女性に対してこんなに無防備でいた事など初めてで、こんな好意を抱くのも初めての事だ。もしかしたら本当は、同性愛者ではなかったのかもしれないとすら思わせられる。
 いつのまにか彼女の細く締まったウエストを抱いていた。
 戦場で出会った美しい守護神。
 野村にとってスカーレットはそれだけの価値があった。
「ガイアスを取って迎えにくる。それまでここで待っていて」
 彼女の身体を離して、野村は笑顔を残した。
 カタパルトに沿ってゲートに向かって進みながら、再びヘルメットを装着しようと腕を後ろ襟に回した時、不意に彼の肩を銃弾が襲った。
 熱く、重苦しい感覚が過去の記憶を鮮明に思い出させる。
「タカシ!!」
 突然の出来事に、スカーレットは狼狽してカタパルトに飛びこんだ。
 頼りなく崩れる野村の身体は、潜んでいた敵に捕らわれた。
 咄嗟にライフルを構えたスカーレットは、敵の姿を確認して衝撃を受けた。
 アップフロアに構えたコントロールルーム付近から追っ手の声がする。
 それは、彼女の目の前に存在する敵の正体をさらに確信へと導いた。
「――ルノー」
 スカーレットは愕然としたまま、目の前の敵の名をつぶやいた。
 それは、ヘルヴェルトでの大戦でインダストリアのパイロットとして共に戦った同朋。我欲のためにスカーレットを陥れ、彼女の翼をもぎ取った背反者の名だ。
「生きていたの……」
「それはわたしのセリフだよ」
 ルノーは薄い唇の端をもちあげて笑った。
 野村の身体は、その首をタガーナイフにさらされて、既にうっすらと表皮を引き裂かれていた。
 その姿はスカーレットの心の痛みを誘う。
 一体何が自分の身に起こったのか。それすらも理解出来ないまま、野村の意識は深い闇へ引きずり込まれてゆく。
「ルノー!!てめぇっっ……」
 艦内からルノーを追ってきた聖が、銃を構えてデッキに現れた。敵を確認したその視界に、赤黒い血液に染められた野村の姿が飛び込む。
「タカ……?」
 聖は愕然として、信じられない光景をその瞳に映す。
 ルノーは状況を把握してほくそ笑んだ。
「何だ、ムトー。これは貴様の弱点だったか?」
 ルノーは野村の拘束した身体を誇示するかのように聖に向かった。
 ルノーの言葉はスカーレットに、聖の存在を意識させる。
「ムトー?」
 記憶のなかにある『サラマンダ―』の姿とは違う。
 釈然としない視線にさらされて、聖はスカーレットの存在に気づいた。
「スカーレット・ベネットか?」
 互いにつぶやくその名は、前世紀の大戦において失われた、天空の霸者として名高い。
 どうしてこんな偶然が起こっているのか。どうして今、こんな邂逅が待っていたのか。聖は疑念に駆られた。
 しかし、目の前に在る愛しい者の痛々しい姿が辛い。
「ルノー。その子を放しなさい!!」
「卑怯者!てめーはいつもそれだ!……タカを放しやがれっっ!!」
 激昂するふたりの感情をぶつけられて、それでもルノーは嘲笑し続ける。
「わたしに、そんな口を利いていいのかな」
 拘束されたままの野村の頸に当てられていたナイフの切っ先が、の耳の後ろから喉に向かってゆっくりと滑り落とされ、紅い一条の筋を残した。
 ふたりの息が止まる。
「やめろ……」
 聖の震える声が、ルノーを満足させた。



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